記念すべき新婚旅行の南イタリアがメインだったような気がする
買い付け日記じゃなくてごめんね


第13回上 ネパールの巻
サムイと南イタリアのおまけつき



 10月1日〜3日 バンコク・サムイ

バンコクからローマへタイ航空の直行便がある。
日本からだとバンコクでトランジットとなるが、特に制限の付いたトランジットではないので行きも帰りも長々とタイにいられる。この便を使わない手はないではないか、と言うことで今回はこのチケットにバンコク-カトマンズ間を買い足して旅程を組んだ。
一緒に住み始めて早9年?位になるので、今更新婚旅行でもないのだが、なんとかも方便。
ダーちゃんがサラリーマン生活の中で一生に一度あるかないかの1ヶ月と言う長いお休みを取れるチャンスだものあらゆる言い訳を用意しているのだ。なんでイタリアなのかも、よくわからん。うにのパスタが食べたかったからかな?
同行するはメキシコ買い付け日記でおなじみの桜井(仮名)。新婚旅行なのに友人同行。3人だったら70kgくらい荷物を持って飛行機に乗れる!と思うとウキウキなのだ。
それも自腹で来てくれるってんだから、3人の新婚旅行とてなんの文句があろうか。
と、言うことで私とダーちゃんはタイ航空でバンコク入り、同日数十分の着時間ずれで桜井がバンコク入り。
同じ飛行機でないのは、ビーマンバングラディッシュがなんと36000円だったから!自腹ですから!

週末は市場でかる〜く買い付けし(秋冬物はあんまりタイ関係なし)、その足で夜サムイへ出発。
1ヶ月あるとは言え、1人ずつのやりたいことを並べていくと結構タイトなのだ。
(私のやりたい事はいつもマッサージだけだ。もうどこでもいい)
サムイへはダーちゃんがダイビングのライセンスを取りに行く。私も桜井もすでに持っているので、4日間でオープンウォーターを取得すると言うヘビースケジュールをこなすダーちゃんを尻目に、ビーチでごろごろ、えびをばりばり食べる予定。ネットで予約しておいたホテルが空港までお出迎えに来てくれていた。
私の名前のプラカードを掲げていたのは、ハタチくらいの大きな白人の男の子。
私達が滞在するボブットビーチは、その古い漁師町特有の美しい佇まいにノックアウトされたヨーロピアンがたくさんいついてしまった町で、外国人経営のゲストハウスやカフェが数多く見られる。
「●×△☆・・・!」・・・英語なのだがうまく聞き取れない。大きな体の人特有のもうんもうんした声なので英語慣れしてない耳にはぜんぜん聞こえてこないのだ。
やがて彼の所作から、ちょいとおつむがゆるい事が理解できた。なんでもキビキビこなすし、タイ語だってお手のものなのだが(声はもうんもうんしてるけど)、都会生活で生き生きと暮らすのは難しいのかもしれない。
そんな理由でご両親は彼を連れ、サムイへ移住してきたのかもね。
そんなボブ(←勝手に付けた)の案内で、バンガロウへ出発。
実はわたし、タイ人経営のバンガロウを予約したつもりでいたのだ。ヨーロピアン達が憧れる間違ったオリエンタリズムやアメージングタイランドな宿は、「野生で暮らす、水シャワー最高!」とか「とにかく安い、ヒッピー最高!」系のものが少なくない。ネットじゃ経営者がナニジンかなんて全然わからなかった。
空港から程近いその宿は、ひっそり閑散としており、ひしめくバンガロウの真ん中でライトアップされたプールがぼんやりと静かに波立っていた。
客がほとんどいなくて暇なのにも関わらず、エキストラベッドの用意は出来ていなかったので、ボブが予約していた部屋の隣室を開放し「この部屋を使って!フリーフリー」と案内してくれた。
さらに「ウェ〜ルカムドリンク〜」は、何が良いですか?と尋ねてきたので、ビール2本とオレンジジュースを注文。
しかしオレンジジュースのありかがボブには分からず、目にあまる焦りっぷり。
「コーラでいいよ〜」と言うが早いかぴゅーっとコーラを持って来た。
誰だってそうなのかもしれないが、部屋を無料で提供するとか、飲み物をおごってやるとか、人にサービスするってとても気持ちのいいことだ。ボブのハリキリぶりは笑いを誘うほどにかわいく、すっかり私達は彼のとりこになった。
きっとタイ人経営のバンガローにはない、楽しさがあるに違いない。


 10月1日4〜7日 サムイ

 毎朝7:00にダーちゃんはダイビングショップへ向かう。桜井はレンタルバイクで島中を走り回っている。
ボブは従業員を怒ったり、眉間にしわを寄せて悩んだり、はりきったりしている。
私はシュノーケリングを・・・と言いたいところなのだが、何しろ寒いのだ。
毎日毎日、飽きもせずに雨が降る。サムイが本格的な雨季に入るにはまだ1ヶ月ほど早いはずなのに。
本来なら丁度ホテルも一番高い時期が過ぎ、スコールが降ってもさほど気になる程ではないので、
サムイを訪れるなら良い時期なのだ・・・。もう10日も続いていると言う雨に、長期滞在者も嫌気がさしたのか町中がどこかしんとしている。サムイに来て丘で遊ぶなんて考えた事もなかった。
どうしても海を見るとガツガツ遊んでしまうので、まあ本当にのんびりだけするのも悪くないか・・・。
屋台でご飯を食べ、お茶を飲み、晩御飯を食べ、寝るの2日間。
3日目は、タオ島実習のダーちゃんにくっついて行き一緒に潜った。
タオへ向かう船の中では先輩面していろいろ激励していたものの、優しくて厳しい小松先生に手取り足取りされているのは、私のほうだった!もうヤバイ。何もかも忘れている。
「うーん、やっちゃいましたねぇ。ウエア、反対ですよ」はーうーなんとウェアを後ろ前に着てしまっている。
我ながらショックである・・・。桟橋からのジャンプダイブも、キレイに入れずどんごらごっじゃんじゃ〜ん。
得意だったような気がする中性浮力も遥か彼方。突然どういう訳か水面に向かってまっしぐらにのぼっていってしまい、先生とダーちゃんをびっくりさせてしまったりして・・・。とほほ。
その夜のことだった。そろそろ寝ようかと言うその時間、嵐の様な雨の中ドアを叩いたのはボブ。
なにやら興奮した様子でバイクがどうのうこうの言っているのだが、相変わらずもうんもうんしていて何を言っているのか分からない。バイクについて順を追って説明してみる。
「バイクは昨日友人がレンタルしたもので、軒下に止めており、まだレンタル時間を過ぎておらず・・・」と言うと「あいのう〜」とボブが言う。うーん、バイクの出所でもない、置き場が悪いのでもない、じゃあなんだろう。
仕方なく下痢でダウンしている隣室の桜井を起こし、3人でもう一回ボブの話を聞いてみると桜井が「あー!バイク借りたいの?」すると「いえーす!ふぁーいぶみにっつ」とボブが答えた。
「良く聞こえたなあ!」と言うと「勘だよ。へへへ」と桜井。
レンタルバイクの又貸し、それもバンガロウの人に客が貸すって・・・まさにタイである。タイ人じゃないのに。
カギを渡すと嬉々としてボブは去っていった。ずぶ濡れで帰ってきたのは40分後。それもタイである。
タイ人じゃないけど。

帰るとなったら晴天。
清算してから出掛けようとお財布もってレセプションへ。会計表を見てびっくりした。
「ちょっと待って、もう一部屋はフリーだって聞いてるけど」と言うと「そんなわけないじゃんマダム」とレセプションのおばちゃんが笑う。「だって・・・」そうだ、確かに部屋へ到着した日の翌朝、この人に「ベッド用意しますか?それとも今の部屋にいますか?」と聞かれていたっけ。
ボブがタダだって言ってたんですっかりそう思い込んでいたのだけれど、タダだったのは一晩だけだったのかもしれない。それをボブにもおばちゃんにもちゃんと確認していなかった。ここで「だーってボブが!」と言い張れば言い張れたのかもしれないし、それでなんとなく通ってしまうのがタイだったりするんだけどこういう事をボブのせいにしてしまうのは卑怯な気がした。確認しなかった私が悪い。
私が悪いのだから私が払うと言ったが、貧乏な桜井はきちんと全額払ってくれた。
タイに来ると、けしてお金持ちではないのに心だけお金持ちになってしまうので、ついついお金に無頓着になってしまう。いけない癖で桜井に迷惑をかけてしまった。

明日からはネパール。迷惑掛けずにがんばります。
生き方で返していきます(あいだみつを)



 10月8日 カトマンズ

イラクでテロリストに拉致されていたネパール人の人質が殺されてしまったこと事を、政府の後手後手対応のせいだ、とネパール国民は怒っていた。投石、焼き討ち、と国民は暴徒と化している・・・と言う。
そのニュースは日本ではあまり流れなかった。気になる・・・カトマンズは注意勧告「渡航是非を検討して下さい」レベルだ。
マオイストによる交通ストライキバンダはこれもうよくある事なので、その程度で買い付けを断念することはないのだけれど、国民がそこら辺でお石を投げたり、焚き火を炊いたりしているのはちょっと怖い。
ネパール馴れした友人達も「うーん」とコメントを控えていた。チケットを押さえることがためらわれた・・・。
毎日様子をうかがう。そうこうしているうちに、外務省の危険情報が「就寝中に部屋に侵入されたり、窓を開けていたところ、外部から釣り竿のようなもので荷物を盗まれたケースが報告されてい」  などの牧歌的なニュアンスに変わってきた。チケットの手配だ。
釣竿で・・・就寝中に・・・うぷぷ。笑える。ネパール人らしい。

ダーちゃんは、何処でも行きたい。何でも見たいと言う。
これは、何処にでも一緒に来てくれて私にとっては面倒がないとも言えるが、彼としてはその反対に興味もない所へいきなり行ってしまうと言うことでもある。
インド系の雰囲気漂うところへ行くには、それ相応のイメージトレーニングが必要なのだなあ、と改めて思ったのは、カトマンズからタメルへ向かう車の中だった。ダーちゃんは完璧に引いていた。ひー
その風景は、日本何の予備知識もなく来てしまった人には濃すぎる。これインドだったらもっと濃いけどそんな事はインドを知らない人に言っても何のなぐさめにもならない。
口には出さず気丈に振舞っているが彼はかなり凹んでいる。
凹みついでに、タメルの全様をダイジェストでお送りしようと、ホテルから出るとそのまま市民の市場アサンまで歩いていった。タメルの雑踏から、アサンの混沌へ。
アルミ製品やサリーの生地、野菜に肉、それを見守る神様たち。庶民の生活がみなぎる場所だ。
神様が奉ってある祠の前で、親子が毛じらみを取り合っていた。
ダーちゃんはさらに凹む。それに引き換え桜井の嬉々とした様子よ・・・。
「後でひとりでゆっくりここに来よう!」と元気いっぱいだ。
タメルに戻って一休み。やたら階段をひーこらひーこら上っていく最上階がテラスになっているカフェに行く。
ここいらでは一番背の高い(ヤバイ)カフェだ。タメルが一望できる。
少し距離をとって眺めると落ち着くものよ。
上からネパール人の頭を眺めながら、みんなでモモを食べた。
「やばいやばいー」と言っているダーちゃんにもビールが応援してくれて少し元気になる。
ネパール人と話をするようになれば、違和感もだんだん現実感に変わっていくだろう。
ああ、初めて自分が来た時の事、思い出すなあ。


 10月9日 カトマンズ

美味しいパン屋さんで朝ごはんを食べていると、昨日空港で見かけた日本語ぺらぺらで、悪そう〜なタクシーの運ちゃんがお店に入ってきた。せっかくダーちゃんと桜井は初めてのネパールなのにタメルで仕事ばかりしているのは勿体無い。どこかぽっと空いた日にタクシーでも使って寺巡りでもしようかと考えていたので、声を掛けてみた。
「昨日空港にいたよね」と言うと待ってましたとばかりの手もみだ。
背が低くて目はやぶにらみ。(うちの方言ではびんちゃっこと言う)酷い斜視なので、どっちの目を見て話したもんだか悩まれる。「タクシーで寺を周るなら・・ごめんね、ちょっとおトイレ」とお店の中へ走って消えた。
あらら、ごめんね、このお店にトイレ借りに来てたんだ。かなり緊急事態だったご様子。
手も洗わずに走って帰って来て、料金相場などいろいろと教えてくれた。そんな話が本当だろうと嘘だろうと構わない。
出せる金額は大方決まっているし、サービスだって似たようなもんだ。買い付け値だったら真剣に交渉するけど観光に関してはとにかく時間が有効利用出来ればそれでいいのだ。
で、寺のスケジュールからしてベストは本日。結局1台1日60ドル、運転手・拝観料込みで手を打った。
一人20ドルならまあいいや。
しかし、私は日本語の出来るこの海千山千のおちゃんが、ガイドもこなす事を期待して声を掛けたのだった。
おっちゃんは今日イタリアから女の子が来てデートだというので←絶対仕事、30分後このパン屋さんに運転手を派遣して来た。おっちゃんは運転手にいくらかのお金を渡したが、それは先程の交渉よりずっと少ない額だった。
仕事を斡旋したおっちゃんの取り分がだいぶん多いと言うことだが、この仕事のないネパールで仕事を持って来る人がどれだけ貴重な存在かと言うことを考えると、それは責められない。
その差を埋めるのがチップだ。いい仕事をすれば、クライアントからご褒美があると言うことだね。
運転主くんの名前はナビン。「お前はジョージマイケルか」のマリンブルーシャツ。
胸元をはだけさせ(もちろんシャツのすそはズボンの中)袖ぶりもたっぷりとエレガントな着こなし。
なに、ちょっと彼にはシャツが大きいだけなんだけどね。ズボンは黒のスラックス。タ、タンゴ!?
着てる本人は、小さくて笑顔のかわいい中学生みたいな奴だ。
見慣れたタメルを抜けて郊外へ出ると、車から見える風景がとたんに新鮮。空気はまだまだ不新鮮。
今は国全土で行われるネパール最大級の祭り「ダサイン」の季節。戦いの神ドゥルガの勝利を祝う祭りだ。
ドゥルガには、生きたままの鶏や鯉などの首を切って捧げる。まず今日が何故観光にベストかと言うと、その生贄の儀式をやってる寺があるからだ。程なくして到着。しかしここが何処かわからない。
長いジグザグの階段を登って山を行く。道には物乞いが並び、土産物屋や、仏花のマリーゴールドが色を添えている。人々の列は神が祀られている祠で一度止まり、靴を脱ぎ、そこから川へ降りていくのだ。
酒を飲んで大喜びしていればいい祭りと違って、命を捧げる祭りとなればこちらも少し緊張する。
何か失礼があってはいけないと、観光客の私は靴を脱がずに山から聖なる川と人々を見ていることにした。
ダーちゃんも待機。しかし好奇心いっぱいの女桜井は黙っちゃいられない。
靴を脱ぎ、人々の列に加わった。心優しいネパール人は勝手のわからない桜井に、川で足を清めることや写真を撮っても良いことなど、いろいろと構ってくれている。ひやひやしたが、皆さんのご加護で無事戻ってこられた。
その頃、ナビンはぷらぷら駐車場の近くで私たちを待っていた。
そう、かわいいナビンくんはガイドとしてまったく役に立たない。
ここが何処かもわからん。聞いてもわからん。60ドルはちょっと高すぎたなあ。
ここから先午前の部は、ナビンが自分の好きな所へ行っているとしか思えなかった。
次に車を止めた川のほとりでは、ネパールのドラマか映画が踊っている女優さん達を撮影中。
それを見ながらつり橋を渡って戻って、ガネーシャ岩をお参り。そして何千年前から建立されていると言う古いお寺を参拝。ここで桜井がサーランギを弾くおじいちゃんから山の歌「レッソンピリリー」を教わった。
でもじいちゃんは歯が抜けているので「レッソンしりりー」で桜井は学習。
うるるんばりの良い思い出を作ったつもりが最後に金を要求され、軽いめまい・・・。桜井よ、これがアジアだ。
町を見下ろせる背の高い高いお寺では、屋上や路地で凧揚げをする子供達を観察した。
昼日中から一緒にこの凧揚げを見ているネパールおじちゃん達大量・・・のどかな不況。
ナビンは散歩みたいに私達を連れて歩く。
まあ、有名な寺院で拝観料を払って記念写真を撮って周るよりも、面白いっちゃ面白いけど、それはあくまで私達だからじゃないか。仕事としてどうなのよ。や、いいんだけどね、と自問自答しながら散歩。
そして・・・・お腹がすいた。トイレにも長らく行っていない。もうお昼を大きく回っている。

車に戻るなやいなや「ねえ、ナビン、ご飯食べよう」と言った。
ナビンは拝観料を払う義務についてはおっちゃんから聞いていただろうけれど、ランチをどうするかは聞いていなかったのかもしれない。もちろん私達は自費で食べるつもりだったし、ナビンも一緒にちょっと素敵なレストランにでも行こうかと考えていた。
「僕の親戚の家へ行かない?」ナビンが言った。「いや?いい?」
いやなわけはない。でも訳もわからない。
何がなにやら何も答えてないような状態で車は止まり、ナビンは住宅地の中へ私達を連れて行った。


 10月9日 カトマンズ

お食事をご馳走してくれるおじさんの家っていやあ、どんなもんを想像するだろう。
ご近所でも有名なお金持ち?
でもネパールでは貧富に関係なく、家族の食事がなくなっても客人を歓迎すると言う。
どんな家族が迎えてくれるのだろう。突然行って平気なのか?
くねくねと路地を入って石段を登っていくと、かわいらしい姉弟が何か作業をしていた。
その2人にナビンが声をかけると、何やら文句を言いながらも恥ずかしそうにお姉ちゃんが立ち上がった。
弟が後から付いて来る。ナビンのいとこにあたるのだろうか。
通された部屋は薄暗く狭い一部屋。部屋いっぱいに真ん中がへこんだベッドが2つ、通路を塞がないように置かれている。「どうぞ」とベッドに座るよう指差された。ベランダに置いてあった鍋を弟が部屋に入れ、どこからかお姉ちゃんがインスタントラーメンの袋を3っつ持って来た。
終始恥ずかしそうにうつむきながら、お姉ちゃんがナビンをなじっている。
「急に外国人なんか連れてきて、私お料理も出来ないのにどうするのー!」と言ったところだろうか。
けして歓迎しない!と言う顔ではないが、とにかく恥ずかしそう。弟は飽きてしまったのかぷらっと部屋から出て行ってしまった。ベランダから引き込まれて来た鍋はすでに何か料理された後のようで汚れている。
水がめから水を一杯鍋に入れると、すかさず開封したばかりのラーメンの空き袋でこの鍋の汚れをこすり始めた。
どうやらここには水道が来ていない。バーナーが置いてあるところを見るとガスも来ていないのだろう。
以前ネパール友人の家へお邪魔したことがあるが、そこは開放感のある台所とリビングがありガス、電気、水道はもちろん、映りの悪いテレビもあった。それでその子が特別金持ちと言うわけではない。
この家族のかなり厳しい生活が想像された。
お姉ちゃんの名前はタラ。13歳の中学生にあたる。とてもかわいい顔をしていて、目が賢そうだ。
バーナーに火をつけ少しだけ鍋に水を入れる。煮立ったところでラーメン投入。明らかに水が少なすぎる。
いつか水を増やすだろうと思いながら見ていると、そのうちじゅうじゅうとなべ底が声を上げ始めた。
な、何が出来るの・・・・?一同鍋に釘付けだ。もう麺はぬっちゃぬちゃである。
「ナ、ナビン、ナビンは食べないの?」「食べないよ」即答だ。
ボウルを並べて麺を分けていく。「はいどうぞ」これはもう覚悟を決めるしかない。
一口パクッ・・・・うーん、まずくない!麺はぬっちゃぬちゃだけど、味は慣れ親しんだインスタントラーメンの味だ。
この時ほど既製品の味に感謝したことはない。インスタント最高!そして我々はぬっちゃぬちゃを受け入れられる程腹ペコだった。腹ペコでよかった!この子を傷つけずに済んだ!神様ありがとう!
ラーメン食いながらこんなに心が叫んだことはいまだかつてない。
私達が麺を食べ始めると、タラはまた水がめから別の鍋に水を入れた。今度は卵を茹でている。
ダーちゃんが「この卵、麺に入れるんじゃないか?」と言うのでこれまた一同麺を残したまましばし鍋に釘付け。
しかしゆで卵ってのは時間がかかるのだ。冷めたラーメンおじやは難航を極める可能性がある。時間はない。
「ねえ、ナビン、この卵ラーメンに入れるのか聞いて」タラは驚いた様子で「入れないよ!」と答えたのでまた全員ぬちゃぬちゃを食べ始めた。ぬちゃぬちゃの名前はチャウチャウと言うそうだ。
やがてゆで卵とネパールのミルクティー、チャーが振舞われた。以上でランチが終了。
後でネパール通の友人に聞いたら、ゆで卵はお茶請けらしい。「もう友人宅めぐりをすると一日に何個食べることか!」だそうだ。ナビン経由でタラにいろいろ質問していたら、実は結構タラは英語がしゃべれたのだ。
ネパール語でゆで卵は「ウシネコアンダ」日本語の意味は「カウ・キャッツ、あんだ」だよ。と言うと←バカだね
キャッキャと笑った。うーん、本当にかわいい。
さて、お暇する前にお礼を置いていくべきだろう。日本人は小声の日本語でミーティングだ。
桜井が「10ドルも置いていけば良いだろう」と言ったので私はびっくりした。「何言ってんのー!」だ。
ラーメンを30円と考えても3人分で90円。卵とチャー入れても実費200円でお釣りが来るだろう。
このうちにとってラーメンは大変なお持て成しだったと考えられ、その実費は確実に置いていきたい。
でも、置いて行き過ぎてはいけない。外国人を引き込んでご飯を食べさせただけで10ドル稼げてしまったらこの生き生きとかわいいタラが、そうでなくなってしまう可能性だってあるんだ。300ルピーで多いくらいだと思った。
「でも、たまのラッキーで美味しいもの食べたりして欲しいじゃん」桜井の熱意もあって500ルピーの大奮発をした。
10ドル渡すよりはずっと良いけれど500ルピー、750円か。ちょっと心配だ・・・。お金を渡してありがとう、と言うとタラはのけぞる事もなく、ナビンを見て嬉しそうな顔をした。素直な笑顔の彼女にナビンも嬉しそうだったのでまあ、いいかーと思うことにした。次に悪い外国人にあたりませんように。
「彼女達のお父さんは遠距離の仕事に出ていてあまり帰らない。お母さんはいない。ちょっと大変なんだ。
楽しい時間を作ってやりたい。いろんな経験をさせたいんだ」とナビンが運転しながら言った。
ランチ代を浮かせるためだとか、あの姉弟に臨時収入をやりたかったとか、そう言う風に考える事も出来るけれど、なんとなくナビンにはそう言う山っ気がないような気がした。
それよりもむしろ、日本人相手にかっこ良く仕事してるとこを見せたい、って見栄は単純にありそうだけど。うはは。

そのまま有名なパシュパティナートでたくさんの死体が焼かれるのを見た。
その時、ふーっと桜井に近づいて来た日本語ガイドの青年の解説は、素晴らしかった。
こう言う所で寄ってくるガイドなんてろくでもねえ、と思い込んでいたが、彼は違った。
この光景だけでも素晴らしく思い出に残るであろうが、宗教のこと、今目の前で起きている儀式の意味、人々が叫ぶ声の訳、歌について。解説を聞きながらだと、より一層入り込んで見ることが出来る。
その間のナビンなんか退屈そうなお猿さんだ。やっぱナビンはガイドじゃないぞ。
素敵なガイドの彼が最後に請求したチップは200ルピー。桜井はそこで衝撃を受けた。
「だろー、チャウチャウで500じゃ高いだろ」「もう恥ずかしいから言わないで!」桜井がっくり凹む。
わかるわかる。旅馴れてる桜井だから尚のこと、世間知らずみたいで恥ずかしいよね。
「10ドル渡さなくて良かったなあ・・・」
知ったかぶりしつつも自信がなく、500渡してからちょびっと後悔してる私より素直な君はえらい。

ボーダナートで締めくくった後、ナビンは「友達の家に行ってもいい?ちょっと用事があるので」と言った。
出た出た。また日本人見せに行っちゃうな!もうクタクタなんだよ〜勘弁して!
「用事済ませておいでよ、ここで待ってるから」と我々が頑として車から出ないと、それじゃあ意味ないじゃん・・・って顔して車に戻ってきた。「いいの?用事」「うん、いいの、帰りに寄る」ぷぷぷ。

ホテルについて、忘れていたおしっこをする。まっきっき。
10時間ぶり。


 10月11日 カトマンズ

初日から桜井はある男に目をつけられていた。それはサーランギ売りのおじさん。
サーランギとは、ネパールの小さな弦楽器でバイオリンのような物。
ちょっととぼけた日本語でセールスしてくるのだが、「いらないよ〜」と桜井が彼を通り過ぎると
「ほんとに〜?ほんとにいらない〜?!」と薄ら悲しげに、とても後悔を誘うような声色が背中から聞こえてくる。
本当にいらないのに、「ほんとにほんとにいらなかっただろうか」と再確認させられるような声だ。
その声をどうしても無視できない桜井が、つい言い訳のように振り返って「いらないの。いらないよー」と眉をハの字にして答えるのが毎日の日課。おじさんにはそれが面白かったのかいつかカモれそうだったから、どんなに遠くにいても桜井を見つけて嬉しそうに近づいて来る。抵抗する桜井の日本語や笑い声を真似してふざけたりする。これが非常に不愉快で面白い。
ネパール人は目が良い。ど近眼桜井が見えてなくてもおじさんは遠くから手を振っている。
買い物してても現れる。両替してても現れる。
やがて本格的な売り込みはやめてしまい、「友達!」と声を掛けてくるようになった。
誰にでも言ってることだろうけれど、毎日必ず会って話すのでほんとに友達みたいになってきた。
昨日、その彼がいつもと一風変わった様子でやってきて言った。
「友達、コンサートする。見に来て!ほんと!」彼は、逃げる準備万端の私達をなんとか従えて、チケットを売っている日本人の女の子に引き合わせた。サリーを身にまとい、サーランギ売り達に囲まれ楽しそうだ。
この女性えつこさんは、ネパールでサーランギ演奏家の支援をしている。
演奏家とは言っても、いわゆるこのおっちゃんと同じく普段は町のサーランギ売りなのだ。
サーランギ売りにもピンからキリまで。素晴らしい演奏家ももちろん存在するのだが、いくら芸術的でも、彼らのカーストで世に出て行くことは大変困難だ。そこで舞台を国外に求め、多くの人にサーランギの美しい音色を聞いてもらうべく日本でコンサートを行ったりしている。「ここがサーランギの事務所なんです」建物の2階部分を指差して彼女が言う。私はサーランギのちゃんとした演奏を聞いたことがなく、すぐに演奏自体に興味を持つことはなかったのだが、この道売りの人々にもちゃんとした組織があると知ってそれがすごく面白かった。夜、仕事を終えると集まってミーティングしたりするらしい。へぇ〜へぇ〜へぇ〜80だ。
その場でチケットを3枚頂く。
会場は日本食レストラン「桃太郎」。桃太郎の定食から好きなものを選んで、食べながら演奏を聞くスタイル。
定食ディナーショーだ。
演台にあがった彼らはサムンドラと言うバンド。やっぱり「ナマステ〜」から始まる。かわいらしい日本語の挨拶をして、笑いを誘ってから演奏に入る。一音で空気がピリッとしまった。マーダルのリズム、バンスリの囀り、唄うサーランギ。ヒマラヤを仰ぎ生きてきたネパール人ならではの音だ。一曲終わるとまた「ナマステ」。
そしてまた演奏前に「ナマステ」。紙に書いてあるのを読むだけのMCなのだが、リーダーは緊張してしまって、よくわかんなくなってしまう所があった。でもこの「ナマステ」でみんな笑って全て良し。
こんにちは、とも、ハローとも違うこの「ナマステ」は不思議な言葉だ。
やがてどこかで聞いたことのあるメロディーが・・・「あ!りっそんしりりーだ!私のしりりーだ!」と桜井が叫ぶ。
ああ、この曲は桜井が寺巡りの時に、おじいちゃんから教えて貰ったレッソンピリリーだ。
多くの日本人も知っている曲なので、会場中で一緒に歌う。レッソンピリリー♪
桜井だけりっそんしりりー。演奏とてもよかった。感激してCDを2枚も購入。

「夜、演奏が終わったら事務所に寄ってください」とえつこさんからサーランギ売りのおじちゃんの伝言を貰った。
桜井はホテルで「いいよー、どうせ明日また会うもん」とゴロゴロしていたが、本当は気になっているに違いない。
あんなに「いらない」と言ってたサーランギをいまさら買うともいえないし、絶対買わないともいえないし、もうくたくたなのに、ネパール人ともう一回戦交えるのは限界ともいえるし。
と、言ったところだろうか。結局事務所へは行かなかった。
おじちゃん、待ってたんじゃないかな


 10月12日 カトマンズ

三度目のタメルでやっと美味しいご飯を食べられるようになった。
いろいろ調べ、目をつけ、通いつめ、ここならいつも美味しい!と言うお店をいくつか見つけた。食は命。超大事。
全ての荷物を引き上げた後、美味しいモモをたらふく食べ上機嫌。ここの水牛モモは秀逸だ。
レストランを後にすると、空が暗くなりポツポツと降り出しそうな気配。
一度降り出してしまうと、道が川になる程たくさん降る。
うーん、どこか近くに避難するか、いっそ走ってホテルへ帰ってしまうか・・・。ホテルへ帰って正解。
到着と同時に豪雨となり、稲妻が落ち、あっという間に停電した。
少なからず雨に濡れてしまった体を暖めようとシャワーに入る。水である。
ソーラーシステム使って水を温めてるから平気だろうと思ってた私が甘かった。名ばかりのソーラー。
完全に体を冷やして部屋に戻ると、ゾクゾクと寒気がしてきた。しまったー。
標高の高い土地で体を冷やしてはいけません。お約束の様に程なく発熱。
ダーちゃんと桜井は退屈しのぎに花札を始めた。
ベッドの中でうたた寝しながら、2人の狂喜する声を聞いている。

雨が上がって夕食を食べになんとか繰り出した。
何故だろう、今日はサーランギ売りが一人もいない。
定休日もあるのかなぁ。


 10月13日 カトマンズ

体は重いが、そんな事言っていられない。
荷物を担げる重さに配分して、タクシーに乗り込んだ。これからバンコクへ戻る。
桜井はサーランギ売りのおじちゃんに会えなかった事を気にかけながら、もう一度町へお買い物へ出掛けたが今日はいつものサーランギ売りと違うメンバーが町を出歩いていて、あのおじちゃんには会えない。
タクシーからも桜井は懸命に目を凝らすが、ついにおじちゃんは現れなかった。

空港ではこの多量の荷物に質問が飛ぶ。当然危険物はないし、持ち出し荷物に納税義務はない。
ようは「何なんだ、何故なんだ」の曖昧な質問だ。こんな時、今回限りの印籠登場。
「ハネムーンだから、お土産をいっぱい買ったのよ」
とたんに警備の目が緩む。「いつ結婚した。子供はまだか。なぜ作らないか」それセクハラです。
質問内容は一転したけど、激しさは増したような・・・。ハネムーンマジック。
この言葉にはなぜか誰をもウキウキさせる響きがあるようだ。当の本人達が一番ぴんと来てなくて申し訳ない。
私はたまたま自前のビーズチョーカーを付けていた。ネパールの新妻はチョーカーを付ける習慣があるらしく
みんなが私のチョーカーを見て首を横に振る(ネパールではイエスが横フリ、ノーが縦フリ)。
ボディチェックの際も、チョーカーを触られ「ハネムーン?」と聞かれた。へぇ〜へぇ〜へぇ〜
何から何までご丁寧に開けてくれちゃって、元に戻すのが一苦労じゃないのさ。
機内預け荷物の開封チェック後、いつもの手荷物全部出しちゃってどうしてくれんのチェック。
化粧ポーチからライターを発見され没収される。機内預けに回せ!と言う程の代物でもないから諦める。
文句言いながらスルーすると、ダーちゃんががっちり捕まって質問されている。
問題のブツは花札だった。「これはなんだ!」と言う質問に「あ〜ん、ディスイズ、ジャパニーズ、カードゲーム」と、ちょこっとやって見せたりしているではないか。
その様子にわざと大笑いする女2人。大した事ないブツですをアピール中。早く終わらせてください。

バンコクの税関を無事にスルー。悪いことは何もしてないのにひやひやですわ。
明日は荷物を全部日本に送りつけ、いよいよイタリア。

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