◆過去小事
2001.08

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「裏小事(占い付き)」


9月17日
 結果、リウマチは発見されませんでした。よかったー。痛みに関しては原因不明なので、様子を見ていくことになりました。お騒がせいたしましたm(__)m
 さて、昨日の深夜、中止または延期を決意した買い付けですが、今朝からまか考え直して行くことになりました。でも、明日の朝また行くのやめるかも知れない・・・。世界大戦への道のりを考えることが大袈裟なものではない、という状況。それに今回は、テロとはまたべっこにネパールで大きな集会があって、無事に到着できても無事じゃない可能性があったのです。集会の結果如何によっては外出禁止令が出てしまい、仕事は出来ません。「流れ弾に注意」なんて素敵なお気遣いのメールも頂きました。やっぱり行くことにした理由は、今朝方からこの集会が突如中止の方向に動きだしたということ。仕事に対しての大きな問題は1つなくなりました。あとは命の問題ですが・・・。お近くのパキスタン、インドの動きを思うとなんとなく心配は50%位残っています。アジアにもじんわり広がりつつあるテロ事件の影響力・・・タイはアメリカの為には軍を出す気でおり、インドも積極姿勢。とはいえ、1つ1つの国に入ってしまえばどこもまだ日常生活を普通に送っている現状があります。だからどこかにいられればあまりにも普通なんだろうな、と確信しているのですが、空路になにかあると面倒ですよね。バンコクは世界中の飛行機が集まる場所なのでなかなか心配です。世界各地に暮らしているイスラム教徒に対する暴徒も考えられます。とにかくアメリカが武力行使にでる日がいつなのか、その大規模で継続的に総力を結集して報復するってのが何なのかひじょーに気になるところです。
と、言うことで戻りは10月7日になります。無事に帰って、元気な報告ができますように!
アジアの様子を見てきます。
日本の皆さんもどうかお気をつけて・・・
9月12日
 やれやれ、凄い台風でしたね。私はお休みを頂いて、叔父の葬式に行っていたのですが、壁いっぱいの斎場の窓から見る雨はもの凄い迫力でした。暴風に押されて軽自動車は無人で走っていましたよ。焼いた骨を骨壺に収めて、いよいよさよならする車寄せでは、何処へ行ったらいいのか立ち往生してしまい、段取りも、悲しみも落ち着いて考えていられません。そんな大雨の中いつの間にかいっさいがっさい終わって、みなへとへとで家路につきました。私も夜にはやっと通常作業に戻ったのですが、寝る前にテレビを見てびっくり。まるでハリウッド映画のようにビルが崩壊しているではありませんか。お客様からのメールで、なにやら凄いことが起きたと書いてあって何のことやらと思っていたところでした。今まで持っていたテロリズムの概念が吹き飛ぶような規模。しかし、まだちゃんとニュースを見ていないので、どういうテロなのか良くわかっていません。今日の夜にでもまとめて見ることにします。それにしても怖いですね。あの高さから1時間かけて階段で避難するなんて、髪が白くなりそう・・・。インドの安宿街でテロが起きたとき、私は帰ってきたばかりだったんだけど、それが丁度自分が泊まっていた辺りで起きていて、ぞーっとしたことがあります。今度の買い付けはネパールも回るのですが、こんなことが刺激にならないで欲しいな、と思います。それでなくても行ってみたら外出禁止令が出てる、なんて事がありそうな時期なんですって。わー
9月8日
 太郎がいなくなった。太郎は生家に5匹いる猫の中で一番の古株だ。13年前にまだ魚屋だった父よしおと母さちこがきゅうきゅう言いながら拾ってきた。最初に抱き上げた時、ちゅーっと放物線を描いておしっこをしたのがあまりにも愛しくて連れてきてしまったそうだ。公園に捨てられていたらしい。松本家に似つかわしくなく、アメリカンショートヘアが混じった様な洋風猫で、誰が来ても誉めてくれる男前。ばあちゃんも知らない人に「これはアメリカなんですよ」って自慢した。だけど、凄く屁たれだ。松本家の男はどいつもこいつもいくじなしで屁たれだね、と言う話の時はもちろん太郎も含まれている。屁たれが気に入らなかったのか、嫁の花子は太郎ではない男の子を産んだ。その太郎はここのところ調子が悪そうで、私が最後に見たときも鼻水に血を混じらせて、だるそうにしてた。太郎は何年か前に20日近く行方不明になったことがある。屁たれでも男なので、恋の季節に踊らされ出かけたまま戻らなかった。家族の誰もが諦めていた頃、ふいに帰ってきた。太郎かどうか解らないほど痩せて、うまく歩けていなかった。恐らくどこかで車にでも跳ねられて、誰かの家の軒下にでも隠れて回復をじっと待って、それからやっと帰ってきたんじゃなかろうか、と家族は話したものだった。空っぽの家に鍵を掛けないで出かけられる生家の環境は、猫にとっても自由。出入に制限無し。おかげで松本家の猫は野性味たっぷりに生活していて、何でも捕まえてくるし、血だらけで帰ってくることも多い。病院という所へもほとんど行かない。その時も連れて行っていない。うまく歩けないのは、激しく腰を打ったかららしくて、階段を上がるのも難儀だったけれど、さすが野生育ち。割と短いスパンですっかり回復してしまった。でも、弱ってくるとその腰にやはり影響が出るみたいで、いなくなる何日か前から腰が抜けたように歩けなくなり、ついには猫のくせに階段から落ちて寝てしまったらしい。ご飯も食べなくなってしまったそうだ。仕事で朝の早いよしおが出かけ前に太郎を覗くと、じーっとかわいい顔してよしおを見つめていたそうだ。拾ってきた時と同じように何にも言わないでじーっと見てたんだって。それからさちこが太郎を見に行ったときは、辺りが鼻水混じりの血だらけで、あらら、まー動けないくせに何処行っちゃったのよ、と血を拭いて待ってたけどそのまま今も帰ってきていない。もしかしたら、死にに行ったのかも知れない。家族全員が病院に早く行かなかったことを悔いた。猫って言うのは不思議で、いなくなった時より日々過ぎる程に寂しさが増す。きっと空気のような存在だからだろう。猫は死ぬとき姿を消す、と人はよく言うけれど、ホントにホントなの?もしかして、それが猫の本能だとするなら・・・、どういうことなんだろう。猫って「ねこっかわいがり」って言うくらい、子供をかわいがる。子離れ・親離れをいっこうにしない。親子3代くらいは親族の自覚を持って一緒に暮らしてる。そう言う血族の群の中で死んだ時、自分を食べにやってくる外敵から家族を守るために姿を消すんじゃないだろうか。もちろんこれは私の考えで生物学的な実話じゃない。でもきっと姿を消すには実にまっとうな訳があるはずだ。人の知らない彼の世界の掟。
さっき、おじさんが亡くなったって言う電話があった。子供時分はずいぶんかわいがってくれた人だったけど、大人になるにつれほとんど会っていない。末期の癌だったから、かわいそうな姿なんじゃないかと聞いたら、とても綺麗な死に顔だそうだ。10日はお通夜だって。おじさんの遺体は向のいとこの家に安置されているので、我家にも続々と親族が集まってきてる。太郎がいないのでその話になると、「おばあさんがずいぶんかわいがったから、連れてっちまったんだねえ」と盛り上がっているらしい。確かに太郎が行方不明になったのは、ばあちゃんの誕生日だ。それに新盆が終わったばかりだし。でも、ばあちゃんはクールな明治女で、猫を連れて行くようなタイプじゃない。ばあちゃんの葬式の時も、親族は太郎に「おまえ、連れて行かれるんじゃないぞ〜」って言ってた。太郎は聞いてるのか聞いてないのか、いつものようにばあちゃんの側に座ってた。おじさんの顔。「あれー綺麗な顔してるわ〜」って言う話でも盛り上がってる。そう言う話は故人を語るとき、人徳とセットになって葬式時のちょっと良い話しに繋がっている。確かにそれは言ってあげたいと思う。でも、そこに太郎が付け加えられるのは少々不愉快だ。「連れてっちまった」話はドラマチックできっとしばらくみんなそれを話すんだろうな。でも、ちょっと待ってよ、太郎はまだ死んでないよ、おじさんは確かにそこで死んでいるけど。・・・って気にさせるために姿を消すのか・・・。太郎、太郎、屁たれの太郎。意外にお前って男気があったんだね。飼われ猫みたいに家で死のうとしないなんて、猫らしく死のうとするなんて。でも、屁たれでいいよ、「やっぱ一人じゃ死ねないよ〜」って帰っておいで。
9月7日
 今日は歩いた。午前中買い付けにまつわる所用を終わらせ、午後はベトナム大使館へビザを発給しに行った。少々早く着きすぎ、近くでお茶を飲んで時間を潰し、開門5分前には並ぶことが出来た。まだ人も少なくて、「今日は早く出来そうだな〜」と思って本を開きながら待っていた、が、いつまでたっても出来上がらない。私より先に並んでいた人達はとっくに帰っていたし、ずいぶん後からやって来た人達も続々と帰ってる。そう言えばさっき「アキモトさーん」って言ってたのは「マツモトさーん」だったのではないかな?毎度言うけど、ここは東京都内の「小さなベトナム」だ。ちょっとした質問もしづらいし、無愛想だし、電話は鳴りっぱなしで出ているところを見たことがない。「すいません、マツモトですけど呼びましたか?」と聞くとちょこちょこっと手元のパスポートを見て、「あい、呼ばれてますよ、何度も呼んでるよ」と差し出したのは素敵なおじさまの写真が付いたパスポート2冊。「これじゃありません。私のは、私のだけ、1個ですよ」と私は言った。後ろから女の子が近づいてきて「私のもまだなんですが」と言った。非常に嫌な予感がした。カウンターの中ではベトナム語が行き交っているが、真面目に探してるんだかなんだか。後から来た女の子と私は大方予想はついたものの、そのセリフは聞きたくなかった。「間違えました。後から送ります」と。さっきの叔父様達ご一行と差し違えてくれたのだ。がーん。「出発は18日なんだけど」にも「ご心配なく」を繰り返し、着払いの宅配便伝票を手渡された。もう一人の彼女も驚き、二人で抗議した。「送料はこっちで持つの?」「いいえ、こっちで払います。」でも伝票は着払い伝票・・・。しかもビザ代は払っていけという。後から払いに来るのも嫌だけど、今払うのはもっといまいましい。室内には他に待っているお客さんから緊張ムードが漂ってきていた。私たちの行く末もすごーく気になったろうけど、「間違える、なーんてこともある」という事実にも緊張しているようだ。そうだよね。日本にいるとそう言う事ってあんまりないからね。人間だから間違えることはあるけど、これが日本社会だと間違えた方が全力で謝って善処するのが当たり前、という所があるから落ち着いてもいられるんだけどね。もちろん、おじちゃん達だって善処しますよ。しますともきっと!と言いながらとても不安なので帰れない。何としても今日パスポートを手元に戻したい。「相手の方はわかりますか?」「大丈夫、大丈夫わかる」と言ってどこかに電話をかけ始めた。「もしもし、◎×△☆(挨拶のような)トミモトさんですか?コチラベトナム大使館です。今パスポート間違えまして・・・」ビザの申請用紙を見て電話している。見ると相手の方のお名前は「タニモトさん」。うーん、まず「トミモトさん」ではない。多くの人は代理店にビザ発行を依頼している。この方がもし旅行目的で代理店にビザ発行を頼んでいたら、何を言われているかさっぱり解らないだろう。電話を代われ、とゼスチャーすると意外にも素直に受話器を渡してきた。大まかに状況を説明した。相手の方々はオフィスご一行様で代理店委せではなかった。これなら話は早い。「出来れば直接交換したいのですが・・・何ぶん心配なもので」と申し出た。お互いに、とほほで笑ってしまった。まだ近くにいるかも知れないので、直接連絡を下さるとのこと。携帯の番号を教えていると、カウンターのおじちゃんが電話を代われのゼスチャー。代わるなやいなや「持ってきて、持ってきて」とさかんに言っていた。それにしても同士がいて本当に良かった。二人でアピールと一人でアピールでは2倍じゃなくて3倍くらいに強くなれる。これが一人だったらこのプチベトナムでどれくらい待たされたものやら。同士の彼女は初めてのベトナムだそうで、いやはや最初から食らってしまったね。「ベトナムってこんな感じですよ」と言うとえーって笑ってくれたけど、すでにその感触を知ってしまたはず。でもきっと100倍くらい面白いこともあるよー。何かあっても日本語で対決できないのはしんどいけどさ・・・。しばらく話をしながら待っていると電話が鳴り、10分ほどで女性がパスポートを持って来られるとの事。かたじけないです。その女性がやって来て挨拶していると、カウンターのおじちゃんたら「あなた、駄目、間違え、確認して!」と女性を一喝。おいおい、その前に間違えて渡すなよ。謝らないしさ。せめて一緒に確認するって作業は必要なんじゃないかい?「すみません、すみません」とその女性も謝っているので「いいんですよ、間違えて渡す方が悪いんだから」とつい言ってしまった。聞いているのかいないのか「お金払って、お金」だって。中を見ると同士の彼女はビジネスになっている。「問題ない」みたいに言っているけど、彼女が頑張って領収書書く女の人にも訴えると、ボールペンでピーっと線を引いて「TOURIST」の判子を押し直した。それだけのことかい。やれやれ、やっと我々はプチベトから解放され外へ出た。袖触れあうも多少の縁。彼女も素敵な叔父様達も楽しいベトナムでありますように。厄を落としたと思いましょう。ははは・・・はーあああ、面白かった。
9月6日
 突然、ニフティのHPグランプリにエントリーしてみました。きゃーわたくし、オーディションらしきものに参加するのはたぶん初めてじゃないかと思います。あ、高校の時、学祭のバンドオーディションには出ました。いやあん、みなさん応援宜しくお願いしますね〜。こつこつ今までやってきましたからね、表に出るのもまた勉強と。リウマチの恐怖に負けず日々の張りにしようじゃありませんか!これこれ、投票した人にもかなーり、豪華な賞品があたるんですよ。すっごい高いHP作製ソフトとか。お客さんがゲットしてうちのライバル店になったらどうしましょう・・・。そしたら連絡下さい。面を通して貰います。仁義きって貰おうやないか、あ〜ん(色っぽい「あ〜ん」と違う)
さて、話は変わって。わたくし、(何で今日はわたくしやの?)そろそろ買い付けに行きます。かなり長い旅になりますので、お買い忘れの無いよう、よろしく。9月第三週目位から発送もお休みになります。もう1週間くらいいますけどね。
また改めてご報告しますです。
9月4日
 9月ですって!みなさんいかがお過ごしでしょうか。私は秋の声を聞くなりあちこち痛みが出ています。2日前、夜中にものすごーいお腹が痛くなって、でも別に下痢しているわけでもなくて、胃じゃなくてなんだか腸のあたりが痛いような、でも盲腸の場所でもなくて、「いたたたた・・・・」と言っている間に気が遠くなって寝てしまいました。寝たのかな、気絶かな。いつもなかなか眠れないで苦労している不眠体質なので、すーっと寝てしまったことが不思議です。やっぱり気絶かな。それ以来お腹がなんとなく重いのですが、放ってあります。お腹はけっこう丈夫なはずなんだ(と一生懸命思っている)。それよりもここ3週間くらいずーっと左手の薬指が痛いんです。「俺も何となく同じ所が痛い」とダーが言うので、誰かが私たちの大事な左手の薬指に呪いをかけているのだと思います。それにしてもどこかでぶつけたにしちゃあ、長びいているので、今日は皮膚科にいつもの薬をもらいに行った後、整形外科にも行って来ました。先生は眉を八の字にして「今度はなに?」って言ってました。症状を話すと私が一番心配していたことを即座に言いやがりました。「リウマチの可能性があるね」きゃー恐怖です。リウマチって良く耳にしますけど、良く耳にするからってライトな病気じゃないですからね〜。「松本さんの年齢からやると進行の度合いも早い可能性があるから、大変だぞー」と言いながらレントゲンを撮りました。レントゲン室を出たところで、出来上がりを待っていました。隣にはぴょんぴょん飛んでる男の人が居ました。あんまり痛くてちょっとも足を床に付けられないみたいです。やがて彼の名前が呼ばれて、ぴょんぴょん飛んでいきました。相変わらず全てが聞こえるんです。この待合室。「朝起きて、何もしていないのに激痛が走るようなものは、痛風の疑いがあるねえ」ぴょんぴょんマンは、私と同世代に見えるのだが、痛風・・・。お互い安全な食生活とか、環境汚染とかもっと考えて暮らせば良かったなあ、この待合室でも若い方なのに、私たち・・・ばあちゃん達と同じ病名貰ってる。な・・・情けない・・・。ぴょんぴょんマンは出てくるやいなや、急に隣にいた女の人に話しかけました。なんだ!この人達夫婦だったのか。全然つがいに見えなかった。だって奥さんはさっきからずーっと雑誌を読んでて、ドアも開けてあげてないもん。何しに一緒に来たのかな。車を運転してきたのかな?人様の事をとやかく考えている間に私の名前が呼ばれ、先生曰く「ちょっと骨が欠けて見えるところがあるでしょう、これはよくリウマチに見られる骨の変形の初期症状なのね」がーん。でも、今は骨の破壊を阻止する薬がアメリカで開発されて、来年くらいには日本に来るのだそうです。リウマチピープルに朗報。はっ(冷めた笑い)しかしねえ、その薬衝撃的なのは毎日自分で注射打つんですって。インシュリンみたいに。すごいや。とりあえず、最後の望みを託して血液検査をしました。でっかいの2本も取られた。結果は来週。お楽しみに!今日は朝から銀行3件、病院2件回って、最後は薬をもらいに薬局へ。薬局にはまたピョンピョンマンが居た。奥さんは薬局のお兄ちゃんと自分のお肌の話をしていて、名前を呼ばれたことにも気づかす(いや、実はちらっと見てた。知ってたはず)ピョンピョンマンが飛びながら自分で会計に行っていた。うう、かわいそう。奥さん「ちょっと待っててね」といい、薬局からずいぶん離れた私の家の前の公衆電話から誰かに電話を掛けていた。あ、尾行したんじゃないからね、だって我が家の方に一緒に歩いてくるんだもん。あんなに足の痛い人を連れて、車じゃないみたいだった。お迎えを呼んでいたのかなあ。薬局で電話借りたらいいじゃん。携帯もってて当たり前とは言わないけどさ。あんまり一緒に来てくれても役に立ってないなあ。まあ・・・私もリウマチじゃ、今後誰の役にも立たないけどね。

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