ままか唯一のスタッフ、
ベトナム人ハンちゃんが
海外旅行を初体験!



第10回 ハンちゃん初めてのお遣いの巻


1月 7日(火)〜9日(木) 疾走サイゴン!

 今回の買い付けで特筆すべきは、うちの大事なベトナムスタッフ・ハンちゃんが初めて海外へ出ると言うこと。
昨年からベトナム・タイ間のビザが撤廃され、人も物もどんどん相互を行き交うようになってきている。
とはいえ、人の方はおおよそお金持ちか、お仕事で行く人ばかりで一般のベトナム人が
気易く海外旅行とはいかない。たった1.5時間・・・だけどベトナムには格安航空券と言う物がなく、
その正規旅行運賃は彼らの月収の4〜5倍するのだ。安い時期に日本からタイへ行くのとどっこいどっこいよ。
欲を言えば見識を広げるとか、クオリティーを見るとかって事はバンコクではなくて、日本でさせたい事なんだけれど、
それこそ切符買うだけでどうにかなるというもんじゃない難関ベトナム政府。ああ、共産圏。
ホーチミンに住んでいる日本人で、私にハンちゃんを紹介してくれた友人は、今回のタイ旅行について
「ハンちゃん、ショックだろうなあ」と半分心配、半分期待でそう言っていた。
たかがバンコク、されどバンコク。ホーチミンとたった1.5時間。背格好も同じ様なもんだし、同じ食べ物もいっぱいある。
アジアの中で大都市と言われているこの両市にどんな違いがあるのか。
それは、「テレビで見てるからだいたいわかる」と言う事とは全然別の方向からハンちゃんに飛び込んでいくだろう。
まず私はホーチミンで春夏物のサンプルを作りに。それを駆け足で終わらせて、
ハンちゃんと共にバンコクへ乗り込む予定だ。

 夜半過ぎに飛行機はホーチミンに到着。適当にタクシーを拾っていつもの治安の悪い所にある治安の良い宿へ。
レセプションの彼が驚いている。「あれ?!一人で来ちゃったの?君の友達、君を迎えに行ったんだよ!」
ハンちゃんが私を迎えに?長らくそんなご丁寧な対応をして貰っていないので、そんなことはなかろうと思いつつ
「あらら、じゃここに電話してくれる?」とハンちゃんの携帯番号を見せた。すると「お元気〜」とハンちゃん登場。
「お出迎えに行ってくれたんだって?いったい何処へだよ」と言うと、私のお尻にお尻をどんとぶつけ、
「地獄へよ〜」と言ってまともに答えない。私の手帳を見て「あ、私携帯捨てちゃったんだよね」と。
「はあ?なにそれ」「うるさいんだもん。寝てても何してても構わずかかってくるから」
「私から緊急の連絡があるときはどうするの?」「そんなのないでしょ」・・・確かにな。
それにしても、携帯を放棄するなんて日本のお子さんもバンコクっ子も驚くだろうよ。
それで済んじゃうホーチミンという現状をうらやましくも思うがね。
だってそもそも部屋に電話がないから携帯持つようになったと言うのに・・・。

 翌日、翌々日と、ハンちゃんのバイクに跨って春夏物の生地探し。今回はタイでの滞在を長くするために、
ホーチミンをがんっと削ったスケジュールなので、朝から晩まで一日中走り回る。
バイクの背中で見るホーチミンはまた一回りも二回りも大きくなったように見えた。
しかし大きくなったのはハードばかりでソフトの人の方は何が変わったわけでもない。
相変わらずサービス精神はゼロだ。
アオザイオーダーのお客様の為に、画像が欲しくて撮影をお願いしてもむっとしてる。
ベトナムには版権と言う物がないので、良い商品はどんどんよそのお店がコピーを出してしまう。
だからどのお店も一般的に写真は撮られたくないのだが、ここは生地屋ぜよ。生地をどうコピーしようっつうの。
しかもずいぶん買い物してまっせおばちゃん。おばちゃんの言い分は、そう言うことではないのだよね〜。
「どうしてそんな事しなくちゃいけないのよ」と言うことなんだよね。
とにかくお客のリクエストと言うものを面倒な事言いやがってと思ってしまうベトナム人。
じゃ、どうしても写真を撮りたいなら、端切れが欲しいなら、お金を払えばいいよ、と言う事になる場合が多い。
お金も払うし、コピーもしないし、画像を撮ることで必ず私はここにもう一度たくさん生地を買いに来るし、
言う通りにするからさあ、にこっと笑ってくれないかな。と、いつも思うよ。
けして人が悪いわけではないのよベトナム。まじめできちんとした人達なんだけど、愛想はないんだなあー。
買い物してる時の、このどこか疑い合っているようなテンションがハンちゃんにとっても普通なので、
今回バンコクに出たらよ〜くタイ人を見て欲しい。あのいささか余分に愛想が良くて、大きなお世話の国。
サービス精神とホスピタリティー、なんでもマイペンライな、あの楽ちんな国民を。

 出発の前日は、ハンちゃんの大好きなフエ料理を食べに行く。
「これでお国料理も最後かも知れんからのう」と意地悪を言ってやったが、お料理が嬉しくてそんなことどうでも
良さそうな彼女。でも、これがホントに最後の料理になるんじゃないの?お嬢さんよ。
帰りの席が取れてないのにバンコク行きにGoを出したタイ航空サイゴン支局。
ハンちゃんは私達が帰った後、2日後の帰国便にキャン待ちで並んでいるような状態なのだ。
私の帰国と同日にハンちゃんも帰るってのが理想的なんだけど、それは絶対無理なそうな。やれやれ・・・。)


1月10日(金)1.5時間の向こう側
 今日はバンコクへ移動。まず、しておかなければならないのは、ハンちゃんに乗り物酔いの薬を飲ませることだ。
「サパ・バックハーの巻」でどんな事が起きたかは、買い付け日記ファンの皆様には周知のことと思われるが、
まーハンちゃんは乗り物に弱い。不思議なことに飛行機は大丈夫なのだけれど、飛行機はわずか1時間ちょっと。
その後のタクシーが心配なのだ。
何しろバンコクですからねー渋滞があったら閉じこめられるし、反対に走ったら走ったでそのスピードが
酔いっぱりには大問題。薬が嫌いなハンちゃんに、空港でやっとなだめすかせつつ飲ませる。

 機内では生意気にも英字新聞などを読み悦に入っているハンさん。食事中、窓際に座ったハンちゃんの肘が
私のプレートの上まで伸びてくるので「ここからこっちはあつこさんのエリアだから入るな」と言うと、
「あつこさんは、通路に肘を伸ばせるでしょうけど、私にはスペースがないのよ!」と怒っている。
なんでそんな子供みたいな事言ってんのってブーブー。そうじゃないのよハンちゃん
「私が隣だからいいけど、知らない人だったらどうするの!肘をちゃんと脇へ寄せて。マナーです!」と、
まるで私はロッテンマイヤさんだが「習慣の違いね」と澄まし顔で言うことをきかない。
言ってろよ、今あんたが思っている常識と、世界の常識がすれ違って行く様を
これから存分に知ることになるんだから・・・。
そう、ベトナム人得意のなが〜い言い訳も聞いて貰えないことが起きるかも知れない。
それ以前に英語で長い話が無意味な世界だし。言ってろよ〜見ていやがれ〜と思いつつも親心。
とにかく誰かに迷惑さえかけなければ、誰かに傷つけられる事も少ないはずだ。たかがバンコクへ行くのに、
ロッテンマイヤさんは本人よりもよっぽど過剰に力が入っていた。

 あ、大事なことを書き忘れてた。ハンちゃんと私は通常英語でやり取りをしているが、なんと今回の買い付けから
ハンちゃんの日本語が格段に上達しており、すでに私の英語力を超えたのだ。
最初に会った頃は、日本語に対してまったく興味を持ってなかったが、私の英語が下手でうんざりでもしたのか、
今は火がついたように勉強している。
なんでも、日本人がやっている日本語教室に通いたかったのだが授業料が高く、とても毎月は通えないので、
最初に行った日に教科書をごまんと買って帰り自宅で学習。それでアップグレードのテストだけを受け、
それも2回テストを受けただけですでにステップ5のランクにいるんだそうだ。
「友達はなんでハンちゃんは学校に来ないのですか?と言いました。
私は、忙しいですから行けませんと、言いました。本当はお金がないですから、私は学校には行きませんよ。
でも、テストはOKですから、みんなはびっくりしました。なんでなんで?と言いました。」と、この位喋ります。立派。

 飛行機を降りた頃、乗り物酔いの薬が効いてきて溶ろけたハンちゃんをタクシーに詰め込み、一路宿へ向かう。
その宿にロングステイしているラテさんに予約は頼んである。
ハンちゃんにタイの音楽番組やバラエティーなんかを見せてやろうと思って、ボスはテレビ付きの高〜い部屋を
リクエストしてあった。受付で偶然ラテさんと遭遇、グータッチ。ハンちゃんを紹介する。
「はじめまして」と呆けた顔でつたない挨拶をした。
 私はここで軽い衝撃を受けた。気が付いてしまったのだ。それは「ハンちゃん・・・ダサい」。
その格好は夏素材のシャツに冬素材のパンツ(今アジアは暑いながら冬なのである意味ありなんだが)
「かっこ悪くてすみません」と言ってしまいそうになった。
「ごめんね、彼女はっきりしてなくて。今乗り物酔いの薬でぼーっとしちゃってんの」と、ラテさんにぶっきらぼうな
挨拶を詫び早々に部屋へ向かった。
あのホーチミンからこのバンコクへたった1.5時間でそれは浮き彫りになった感じだった。
今までハンちゃんが何着てたかなんて、気にしたことなかったなあ。
これまでハンちゃんにはいろんな人に会わせてきた。ダーも、母幸子も、友達もみんなサイゴンで
ハンちゃんに会ってる。でもそれはハンちゃんのテリトリーに私達が入っていったって事だったんだ。
今まで意識していなかったけれど、その時のハンちゃんは、私にとって向こう側の人で、
その人に私側の人間を紹介していたって事なんだな。
今ここにいるハンちゃんは、ままかのスタッフとして、私の友人として、私の内側の人間として
いろいろな人と会うことになるのだ。そうして初めて他者の目に触れさせた瞬間、
私自身の「恥」としてハンちゃんが浮かび上がった。
ハンちゃんを恥ずかしいなんて思うのは初めてで、自分でもちょっとびっくりした。
夏と冬の服をちゃんぽんに着て、眉毛も産まれたまんまでボウボウ。飛行機でくたくたになって
薬で脳が溶ろけて覇気がない。ハンちゃんがベッドにぼーんと飛び込んで「あー」と言った。
田舎から出てきた少女そのものやね。
ダサいながらも何気にシャツはままかブランド。うちの生地で勝手に製作し、私に無許可でロゴまで付けてある。
ハンちゃんがうちの商品を良いと思ったのは初めてかも知れないから、ちょっと嬉しかったけど。
彼女なりに気合いは入っていたのだな。まもなく高いびき。
いつもは頑固で傲慢でえばりんぼうのハンちゃんが、ちょっと頼りなげに小さく見えた。
「私が守らなければ」という言葉は正確じゃないけど、ロッテンマイヤ魂にまた火がついたのは言うまでもない。

 目を覚ましたハンちゃんを連れて両替へ行き、帰りにセブンイレブンへ寄る。
「これはコンビニエンスストアと言って、24時間開いている小さいスーパーなのだよ」と言っているのを
聞いているのかいないのか、冷蔵庫から何かを取り出して「これ、ベトナムと同じ!」と興奮している。
「これはイサーンの方の食べ物でネームって言うんだ」と私が言うと
「ええ!!名前も同じ!」とヒートアップ。持ち帰って一袋全部食べてしまった。
ご飯の前にそんなに食べたらお腹がいっぱいになっちゃうぞ。
タイとベトナムなんて目と鼻の先、と思ってるハンちゃんにとって「違うこと」に目を向けるって事は結構難しい事で、
しばらくこの「同じ物」を見て喜ぶ状態が続く。もうホームシックかよ、とやや心配。
マーブンクロンへ行ってみても無反応。ここにはありとあらゆる物がごったがえしていて、まさにタイだ。
そのデカさや滅茶苦茶ぶりには誰もがため息をもらすだろう。でも眉間にしわを寄せて「ここ出たい」と言った。
とぼとぼと歩き廻ったが、何を見ても楽しそうな顔をしない。
座るか、とスターバックスのオープンカフェで珈琲を飲んだ。
ハンちゃんには「美味しい」と言われている物とか、「素敵」と言われている物、それから「世界のみんなが知ってる」
って事にたくさん触れて欲しかった。それが実際本当にそうかどうか、良いかどうかは別にして、
まず比較できる主流らしきものに触れてみて欲しいと思っていた。だからスターバックス。
そう言う私もスターバックスは初めて。「タイ人を観察しましょう」道を行き交う会社帰りの男女を眺めた。
相変わらずけたたましい車の騒音。それに負けないくらいの音楽、スクリーンを見つめるたくさんの人達。
街を感じて、ハンちゃんにはちょっと自分がダサいって事に気づいて欲しかったこともある。
さすがハンちゃんは勘が良い。しばらくして「タイの人はとてもファッショナブル、でも大事なのは見かけじゃない」
とのたまった。良いところへはまってきたな。
「そうかもしれないけど、外側もその人なのよ。顔やファッションはその人の入り口みたいなもので、
内面を表現出来る大事なもの。だから私達の仕事は大事なんじゃない?私達の仕事はファッションでしょ?」
「そう、その通りね・・・」と言っている顔はまったく納得していない。ハンさん苦しい戦いをしております。
そのふてくされた顔が突然ぱっと明るくなった、と思ったら
「あ、おかま!」と日本語で言った。
「あ、あっちも、あ、あ、」ハンちゃんは数パーセント奇異の混じった意地悪視線で観察をしている。
「ハンちゃんよく見て。おかまちゃんがどんな人と歩いている?恋人ととはもちろんだけど、女の子の友達とか、
おかまじゃない男の子の友達とか、いろんな人と歩いているでしょ」バンコクでは珍しくないこの光景。
学校や職場におかまちゃんが普通に存在すること。
タイ人の懐の広さが一番感じられるのがこの現象かも知れない。
「うーん、なんで、なんで、こんなにいっぱい、なんで・・・人はおかまになる?」
ファッション問題は何処へやら・・・ハンちゃんのおかまブームが始まった。ホテルのカフェでも珍しく
お酒を飲んでラテさにからみ「おかまショーに連れていって下さい」とがんばっていた。
「あこさん、わたしは、酔っぱらい!」連れて帰ってベッドに寝かしつけると、酔ってない!
とばかりにCNNをつけた。終始反抗的だ。
それに残念なことにタイの番組は全然見てくれず、CNNやMTVばかり見ている。
半分眠りながら「なぜ、おかま」と繰り返すハンちゃん。そして「人は見かけではありません・・・」
ハンちゃん、自分との戦いは始まったばかりである。

1月11日(土) ナニニシヨウカナ
ハンちゃんの嫌いな食べ物。玉子、まぐろ、しゃけ、チョコレート、チーズ、トマト、コーヒー、大きなかに、
大きなえび、大きなお肉、それからそれから〜・・・。世界の人が大好きって物がとことん嫌い。
このほとんどが食べようと思えば食べられるけど、蕁麻疹が出たりする、と言うもの。
付き合ううちに分かってきたが、これアレルギーではない。嫌いとか不安っていうパワーで蕁麻疹出したり、
吐いたり出来る人なのよハンちゃんて。
宿泊には一応朝御飯が付いていた。どうでも良いようなアメリカンブレックファーストなんだけど、
これがハンちゃんにとっては一番の困りものなのだ。だって、メインは玉子だもんねー。
そこにはタイ代表の朝御飯、カオトムがあったので、ハンちゃんに勧めるも「朝から米なんて重くて食えない」と言う。
「これ、スープにライスが入ってて軽いよ」と言っても、もう暗〜い顔していじけちゃってて聞いてない。
「パンと紅茶だけ頂戴」とウェイトレスに言った。そのお皿にはジャムとバターと薄いトーストが4枚。
玉子が駄目な分はトーストの物量でカバーと言うことかい。何も付けないパンを不味そうに口へ入れる。
そう、ハンちゃんはバターもダメ。ジャムも好きじゃなさそうだ。1枚食べてごちそうさま。
そのうち私にカオトムが届いた。「あ、なんだそれだったのか〜」って感じでハンちゃんの目が動いた。
「食べてみる?どう、重くないでしょ?」一口食べると、「うん、悪くないね。明日からこれにします」と。
最初っから言うこと聞いておけば良かったものを・・・
これから地獄のマーケットへ行くのにうすうすトースト1枚で大丈夫ですか?!

昨日はMBKで面食らって、今日は市場でゆだり飢え死にか。
でもエアコンの効いてない屋外の巨大市場の方がハンちゃんには馴染みやすいかもしれないな。
新規開拓をしつつ、得意先方向へ歩いていく。途中かわいらしい服屋発見で店主と話し込む。
と、いない。奴が消えたぞ。どこだどこだ。あ、いた、いたいた隣の靴屋にいた。
お隣はバッタ靴のお店で、あり得ないかわいい色のN○KEなんかが置いてある。
ハンちゃんはNew○alanceもどきを手にとって交渉中だった。
昨日はまったく買い物に興味を示さなかったハンちゃんだけど、さすがにこの物量や迫力を前に
ちょっと物欲が刺激されたみたいだ。しかし店内セールの赤札ひらめく290バーツを値切って値切っての交渉。
「さすがにそれは無理じゃ」と言うと肘で私をこづく。まあ見てろってところですか。
ハンちゃんのがんばりにお店の女の子が笑ってしまい、気持ちですが・・・と2バーツ(6円程)値引きしてくれた。
思った程には成果が上がらなくて、ハンちゃんはちょっとがっかり。でもやっぱり嬉しそうだった。
この旅の始めにハンちゃんは100ドルをバーツに換金した。日本人にとっては何でもない12000円程度の金額。
でも、ベトナム人にとっては1ヶ月の給料に匹敵する金額なのだ。
家族にお土産もたくさん買いたいし、自分にもちょっとだけ記念に何か欲しい。
ハンちゃんは賢いから、ほとんどのお土産を私の買い付けする物の中から選んだ。
だって私の買う物はそれなりの量がある分、1個で交渉するよりも単価が下がるに決まっている。
ハンちゃんにとって一番買って安心な物は私の買う物なんだ。ただいかんせんセンスが全然違うので、
ほとんど「日本人は馬鹿ですか?」とか「信じられない!」と言って、空想の世界へ飛んで行ってたけどね。
お、これならイケると思うと「あこさん、わたしも買って良いですか?」と。
妹や友達に合わせて色や形を1個ずつ時間を掛けて選んぶ。私が30枚選ぶ間に2枚、そんな感じで。
さて、これまたこっちの意見を聞かずに選んだ微妙なセンスのスニーカーを買ったハンちゃんは、
それを履くために「靴下が欲しい」と高らかに言った。
「おいおいよしてくれ!こんな巨大市場で靴下なんてちっさ〜い物を探してうろうろなんてしたくないよ!ホ
テル帰ってから買いに行こう」と言うと、「わかりました」と一応言いながら、新規開拓のふりして「こっちこっち」と
下着売場の雰囲気漂う方向へ歩いていく。はいはい、もう〜わかりましたよ。靴下屋に着くと
「ん!偶然にも靴下売場が・・・!」って顔。はいはい、わかりましたよ〜早く選べ〜。
選んだ靴下は「たれぱんだ」。あー微妙〜。
 途中市場の中でお茶休憩はさせたものの、気ぜわしくて何も食べられない・・・というので、
お腹をすかせたままスカイトレインでホテルへ帰った。部屋に入るとまた眠ってしまう。
ベトナム人は12:00から必ずお昼寝をする習慣があるので、仕方ないと言えば仕方ないが体力なさ過ぎ。

シャワーを浴びてハンちゃんを起こしてMBKのクーポン食堂に行った。ハンちゃん、初めてMBKで目を輝かす。
クーポン食堂は、適当な金額を食券に換えて、余ったらお金に換えて返して貰うシステム。
美味しそうな食べ物の前で指をさして作って貰い、そのお料理と食券を交換すればいいだけ。
だから食べ物の名前を知らなくてもOKだし、量の予測もしやすい。
私の手を煩わすことなく、何でも自由に選べるのでハンちゃんも大興奮なのだ。
けして外国人の為に作られたのではなく、なのに初めて自分に超都合の良かったそのシステムに、
ハンさんは感心しきりだった。野菜餃子でほっぺを膨らませながら、
「すごーい」「うまーい」と初めて口に出して素直にタイを誉めたのでありました。(そう、そしてそれは中華)

1月12日(日) 口は災いの素

買い付けから戻って、ホテルの下にあるオープンカフェでくつろぐ。
今、タイは新しい法律が始まって、エアコンの入っている食べ物屋は全面禁煙。
なので、暑かろうと寒かろうと屋外の席は取りあいっこなのだ。
このカフェのオープンエアも常に外国人旅行者で奪い合い、一度座ったらもったいなくてなかなか席を立たない。
ご多分に漏れず私も愛煙家なのでなるべく外に座りたいのだけど、あんまり光景が浅ましいとタバコをやめたくなるよ。
この日は運良くぽっかり席が空いていたので悠々と・・・
座りたかったがハンちゃんがぴったりくっついて来て悠々ではないものの、のんびり座って通りを眺めていた。
隣のテーブルではインド系の綺麗な女の人が何か食べてる。
そこへ、色が黒くてでっぷりとしたお腹、黒い髪は天然くるくるパーマという出で立ちの妖しい男が現れた。
彼は、インド女性のテーブルと、私達のテーブルの間に位置した植え込みにこっち向きで腰を掛けた。
な、なんとも微妙な位置関係だ。なんでどちらかに席をシェアしても良いですか?って聞かないで
花壇に座っちゃったんだろう。目は真っ赤でなんだかフラフラ、相当酔っぱらってるみたい。
こういう時、我々は自動的に日本語会話になる。「ナニジンですかね〜」「危ないですから、気を付けて下さい」。
気を付けろと言っていながら他に見る物もないので、ちらちら観察しながら実況中継して遊んでいた。
そのうちにタイ人の女の子を3人連れた白人2人が「ここいいかい?」と私達の席へやってきた。
な、なんだよいきなり5人?!と、突っ込む間もなくハンちゃんが「SURE!」と。もうぎゅうぎゅう。
「あー何故こちらに座りますか?」とハンちゃん。君がOKしたからや!ま、わたしも断れないけどね。
Noと言えない日本人。白人達はスイス人だそうで、一人はタイ人の女の子を膝に乗せてチュウチュウ。
もう一人は大きな葉巻に火を付けてブハ〜くさ〜、んで私の1mgタバコを見てフフンッて鼻で笑った。
チュウチュウ、ブハ〜で目のやり場に困った私達がカフェの中を見ると、
ラテさんが綺麗な女性と向かい合って座っている。「おー!なんだなんだ」「お友達ですか?恋人ですか?」。
ラテさんは動く旅の宿みたいな人で、彼の周りにはいつも旅人がたくさんいるのだ。
だから彼女も恐らく旅人で何か話が弾んでいるんだろうと思っていたけど、ラテさんのシャツがさり気なく
余所行きだったので、それを面白可笑しく冷やかして笑い、ケケケっとふざけていた。
「Something Happen!」「今日は友達、でも明日は恋人?」なんて。カフェの中に氷を取りに行くと、
ラテさんが「おう、あっちゃん、良かったらこっち座れへん?」と誘ってくれたので、ハンちゃんを手招きで呼ぶ。
「まいった〜。葉巻すごいんだもん」「なんなん?あれ?座らせんなや、変な奴らやな〜」。
その時、あの植え込みに座っていた男が私達の後を追うようにカフェの中に入ってきた。
「変と言えば、この人の方が変かも」「おうおう、ずーっと君らの事見てたでー、狙われてるんちゃう?」
「いやいや、中に入ってきたところを見るとラテさん狙いかもよ」ワッハッハ。
「見ててみー声かけてくるでーどないする?」と言ったその時「ミスター、ミスター」
来たー!無視をするラテさん。すると「Are you Japanese ?」と何度も聞いてくる。
「What's?」とラテさんが面倒くさそうに振り返った。いくつかの質問に、自分がネパール人である事や、
仕事で来ている事などを答えた後、彼の口から飛び出したのはなんと・・・
「いや〜私は日本にお世話になってるんですよ」と異常に流暢な日本語・・・。一同「え゛〜〜〜ッッッッ」だ。
思わず一同口を覆う。おー、まさに口は災いの元の光景。
外国で話す日本語って楽しいんだよね〜伝わらないからつい言い過ぎちゃう。
絶対伝わらないって確信して散々うわさ話しちゃったよ。「いや〜参ったなあ〜」と頭を抱える私達に彼は
「いいんですよ〜日本にはお世話になってるんだから」と、トートマンプラーの皿を振る舞う。
「なんだ〜ごめんね、いろいろ言って。でもホントに妖しいんだもん。もっと早く声掛けてくれればいいのに・・・。」
と私が言うと「ううん、だって声掛けちゃったら、アンテナ出来なくなっちゃうもん。今日は友達、明日は恋人〜って。
ハハハハハ!」私とハンちゃんはギク〜ッ!だ。でもその逆襲に屈服しては思うつぼ。
平気な顔してラテさんに「そうそう、ラテさんがあんまり綺麗な人と話しているから、ひがんでふざけてたの」とにっこり。
そして「よく聞いてんなあ」とネパリーを睨み返した。奴はわざとらしく「あ、ごめんねごめんね〜」なんて、
それが余計だっちゅうねん!聞けばネパールではトレッキングのポーターをやっていたそうなので、
私の友達にも同じ様な仕事をしてた人がいるよ、と言ったら、「え?どこの会社?」なんて
ちょこちょこ聞いたあげくに友達の名前を言い当てた。あ、相変わらずカトマンズは狭い。
狭いけど、バンコクはそんな狭くないんだからそこで友達の友達に会うなんて恐ろしくすごい。
「妻と子供が待っているので帰ります」と彼は帰って行った。
「ふ〜〜〜」とみんなで同じ様な深いため息をついてしまった。
ハンちゃん曰く「私は今日の朝、あの人を電車の中で見たよ。それで一緒にいる女の人が日本人みたいだったから、
あれは日本人か?ってあつこさんに聞いたじゃない」だと。
「えー私その時メガネの女の人のこと言ってるのかと思ってありゃ韓国人だって言ったじゃん、違うのか」と言うと、
「違うよ〜その人のことじゃないよ。あの男がずーっとこっちを見てるから変だと思ったんだけど、
よく見たら日本人の女の人と一緒だからなんだろうって思って・・・。」おーハンちゃんよく見てるね〜。
「あいつ、奥さん日本人なのよ」と憎々しげに言う。「ふうん、じゃそうなんじゃないの。いいじゃん別に」と言うと、
「こっそり話を聞くし、日本人と結婚して日本語を使いこなして・・」と言ってオエッて吐き気リアクション。
日本人チームは、当然日本語の細かいニュアンスが分かるので、ま〜見かけほど悪い奴じゃないね、
出会い方は最悪だけど(笑)面白い奴だよ、という感想を持っていた。ハンちゃんはチッと小さく舌打ちし、
「甘い甘い」と、警戒の目をぎらぎらさせてなんだか張り切っている様子だった。
そうでっか、じゃ今後のハン探偵に期待しましょう。


1月13日(月)黄色い高慢知己

インド人との取引は気が重〜い。威圧的ですからなあ。タイ語を喋るインド人っつーのは面白いんだけどねえ。
朝食の時に相席したラテさんのお友達も一緒にインド人街へ。帰国のフライトまでかなり時間があるそうなので、
時間つぶしだ。あまり日本人が観光で行く所ではないから珍しいだろう(けど、あまり面白いとこじゃない)。
まず、キャリーオーバーになりそうな荷物をまとめて郵便局に立ち寄る。
郵便局でのやりとりもハンちゃんにはよく見て貰いたかった。ベトナムでは外国人が小包を出そうなんてことは
、実にやっかいなことなのだ。郵便局員は不親切で、もんのすごーい作業が遅い。
荷物がそれなりの量なら1日がかりと言っても過言じゃない。局員は英語が分からないからとか、
持ち出しの制限があったりなんだりでいろいろ面倒くさいんだとか言うが、こっちから言わせて貰えば、
やっかいの原因は「やる気がないから」だけ、そうとしか言いようがない。
いや、もっと言っちゃえばやる気なんかいらないかもね。システムがきちんと馴染んでいれば、
そんなに失礼もなく輸送手続きくらい出来るはずだ。なんだかとても不愉快なことが多いのは、局員自体が
何をするべきなのかわかってないからなんだろう。私は近代化する事だけが良いことだとは思っていない。
大事なのは国の近代化じゃなくて、人々の成熟度だと思ってる。
ホーチミンが田舎でバンコクが都会だって、そんな事はどうでも良いことなんだけど、
持ち前の優しさとか思いやりみたいなものが成熟してサービスってものになるなら、
ここバンコクにはありますよって事をハンちゃんには見て欲しかった。サービスも大切、
それからそこから生まれる喜ばれる事への喜びや、またそこかた生まれるプロ意識なんて事は、
切っても切れない関係なんだ。
梱包屋さんの手際の良さはまさにプロフェッショナルで、たくさんの荷物をみるみるうちに綺麗な箱に梱包する。
愛想なんかなくても誰も文句を言いやしない。ここで求められているのは、大事な物を丁寧に扱う神経と、
お待たせしないスピードだ。あっと言う間に荷物が片づくと、不平等なく箱の大きさに合わせて荷造り代金を
支払ってレシートを貰う。書類を書き込んだら箱に貼って窓口に運ぶ。全行程はこれだけ。
混み具合にもよるが、おおよそ20分もあれば巨大な荷物は手元から消えていくのだ。
ハンちゃんの顔を横目でちらっと見る。ふーんって顔してる。
「どう、ハンちゃん簡単でしょ?」と聞くと「うん、そうだね、便利。」と、これまたそっけない!
今日はゲストもいらっしゃるので、感想はゆっくり帰ってから聞くとして、その場では絡まずタクシーに乗った。

次の目的地インド人街へ。チャイナタウンとほぼ同じ場所にそれはある。
黄色い肌の人々に混じって、だんだんターバン人口が増えてくるとそこはインド人ワールド。
行きつけの素材屋で少しだけ買い物。
それからかなりしつこいおばちゃんに捕まって、仕方なくしばらく交渉をしていた。
サリーが綺麗だったので、倉庫から出して貰って物色した。「ハンちゃん、問題ないかちょっと見てね」と、
選んだサリーをハンちゃんに渡して細かいところまでチェックをして貰う。一人ではこの品質チェックが大変なのだ。
何しろこの人達との交渉じゃ、選んだ先からどんどん袋に詰められてしまうし、気が付けば頼んでない物まで
袋に詰められて会計に載せられちゃう。その点、ハンちゃんがいるといないとじゃ大違い。
しかし、、、サリーを見つめるハンちゃんの顔は真黄色。「気持ち悪いの?」と聞くと小さくうなずく。貧血です。
とほほ〜。「ええい、じゃ、じっとしてな」と言うと「空気が、空気が欲しい」とどこかへ出ていった。
市場の奥まったところで風が通らないこと、それからお香の匂いにやられたらしい。仕方ない。
選ぶだけ選んでハンちゃんの復活を待った。
「日本人には良い匂いなんだけどね〜」とゲストさんと話す。
ホントに、この匂いが嫌いな人はまずアジアには旅行しないだろうしね。
次はずっと昔からお世話になっているタイダイのおばちゃんのとこへ。ここは寝間着屋なんだけど、
ちょっとだけタイダイ商品を置いている。
私みたいな客が珍しいせいか顔を出すだけですごく喜んでくれて、安くしてくれる。
寝間着ばっかりぶらさがった店内を見ると、来年はもう来ないかも、と思うんだけど。今回もかなり久しぶりだった。
それでも「こんにちはー」と顔を出すと「おー!」とちゃんと気が付いてくれて喜んでくれた。
店に置いているテレビのドラマが良いところだったらしく、ちょいと気もそぞろみたいだったけど。
こういうちょっとアットホームなところでは、ハンちゃんも元気なのだ。ゲストとふざけている余裕まである。
だから、これも好き嫌いと同様、お香だとか空気だとかってより、インド人自体に酔っぱらったに違いない。
未知にはてんで弱いんである。
 お昼ご飯を食べさせて、さっさと宿へ帰る。今日は晩御飯にご招待されていたから。
部屋でゲストさんと盛り上がって喋っている間少しハンちゃんを寝かす。これで復活するでしょう。

 なぜか約束の時間10分前なのに、シャワーを浴び始めるハンさん。みんなに謝って少し待って貰う。
メンバーは日本人の女の子達で、召集したのはもちろんラテさん。
みんな初対面だけどすでに集合場所から盛り上がっていた。シャワーから飛び出してきたハンちゃんは
日本語でご挨拶をした。ハンちゃんが日本語を覚えてくれて本当に良かったと思うのは、こういう時だ。
今までは日本人同士の集まりに座らせていても、ハンちゃんにはただ退屈で苦痛なだけって事がわかっていた。
しかしだからと言って退席するわけにもいかない。
今度の旅からハンちゃんは大いに日本人との一緒の時間を楽しむことが出来るようになったのだ。
もちろん、まくし立てる宴たけなわの会話が聞き取れるなんて技は出来ないが、ハンちゃんに向かって
話しかけられる言葉はゆっくりと理解できていた。分かるとなると、日本人の方もいろいろと話しかける。
日本の不思議な習慣や考え方の違いを、簡単な言葉で一生懸命ハンちゃんに説明した。
その時ハンちゃんが決まって返した言葉は「ああ、そうですか」。
その素っ気ない返事が日本人連中の中で流行るくらい決まって言った。
日本人は、ハンちゃんに驚いたり、喜んだりして貰おうと一生懸命やや大袈裟に話をするのだが、
ハンちゃんの返事は間髪入れずに「ああ、そうですか」。そのイントネーションは完全に「あっそう」の世界だ。
話してた人はびっくりそしてがっかり。それを見て周りは大笑い。
つたない言葉は人をおっとりと柔らかく見せるので、女の子達は「ハンちゃん、かわいい〜」と笑う。
言葉がつたないからと言って、ハンちゃんの頭の中がつたないわけではなく、中身はすこぶる頭の良い、
しかも高慢知己女である。「笑われないようになりたい」と必死も手伝っての「ああ、そうですか」なのだ。
そんなネタでは驚きません!って事。
とは言えかわいいっと甘やかされるのが悔しい反面・・・実はまんざらでもないらしく。だって高慢知己なんだもん。
ベトナム語・英語ではかわいいなんて言われないもんね。
「笑わないで!」と言いながら、深夜まで日本語でノリノリだ。おうおうかわいい、かわいい。


1月14日(火) 晩御飯眼早いと夜が長い
 いつものおばちゃんの食堂で、夕ご飯を食べていると、一昨日のネパリーが奥さんと子供を連れて
前の席に座っていた。なるほどハンちゃん探偵の言うとおり、奥さんはきれいな黒髪の日本人だ。
「こんにちは!」と挨拶をして世間話をする。ネパリーの奴も家族と一緒の時は悪びれる事もなく、
なんだかくすぐったそうで嬉しそうだ。驚くべきは子供のかわいさ・・・!
柔らかい産毛のような髪はクリクリのカール。これまたくりくりの目玉、それを縁取るながーいながーい睫毛。
その美しさには吸い込まれそう。「ひえーかわいいですねー」を連呼してしまう。
このネパリーをいぶかしがってるハンちゃんまで、子供が笑うと「うー、なんてキュートー・・・!」と
頬がゆるんでしまうくらいだ。子供好きのタイ人がこれを放っておくわけがない。
仮にもここは大都会バンコクだから、みんな口を開けっ放しで子供を目で追うことはしないものの、
食堂内の空気はこの赤ちゃんに集中してるのがよくわかる。
ちょっと赤ん坊が大きな声で笑うと「あらら、あららら」とあちこちで手をたたいて声を出してしまう人がいる。
食堂のお姉さんが我慢できずに「抱かせて」と手を出した時には、お客のみんなが箸を持ったまま身を
よじってそれを見つめ、抱かれた子供が笑うと皆満足げに「おーっほっほっほー」と歓声をあげた。
「こんなに小さい子を連れて旅行するなんて心配だったんだけど、2人で旅をするよりずっと世界が
広がってる感じがするの。ネパール人と日本人なんて変な組み合わせでも、
この子がいるお陰で警戒されないのね。すごい外交官なのよ」と奥さんは笑っていた。なるほどねー。

 ラテさんご一行と今夜も恒例の宴だ。アフガニスタン人の新顔がいた。
彼はカブールの出身で、今はドイツで働いているという。それからオーランドから来たというじいさま。
このじいさまは朝から晩まで誰かがしゃべってるテーブルの横に座っては「かまって」オーラを出している。
うちらのテーブルにもほぼ毎日やって来ていたが、声を掛けて来るでもないので、見てみない振りをしていたが、
ついに今日は自分から声を掛け同席することが出来たらしい。
日本語、英語、タイ語が飛び交うテーブルはしばらく楽しい談笑が響いていた。
アフガンの彼は、がっしりとした大きな体に顔中の濃いひげ。その中に見えるかわいい目はとってもきれい。
日本酒を気に入ってしまった彼に、みんなが「あれ、ムスリムなんじゃないの?」と言うと、
「うーん、リルビット・ムスリム」と恥ずかしそうに言ったりしてお茶目。
日本人チームはすっかり彼の事を好きになってしまった。いかんせん、戦時下のカブールにいた働き盛りの男。
土壇場では誰かを殺しているかもしれない。
そうでなくてもつい最近まで空爆の中、日々殺されるかもしれない緊張感と共に生きていた人だ。
私たちの想像を絶する世界、計り知れないタフさを持っているのだろう。
酔いが回ってか、その彼に向かってオーランドのじじいが「タリバン!」と叫んだ。
さっきから誰彼の話に首を突っ込んで煙たがられていたじいさまだったが、話の途中でアフガンの彼が
トイレに立とうとしたのが気に入らなかったのか、その背中に向かって叫んだのである。
今まで談笑していた私たちの顔色が変わるスピードはゆっくりだったが、でも確実に彼へ
とっても失礼なことを言った事実を認識した。「これは怒るよ〜」と隣席のカヨちゃんが言った。
しびれる空気の中で次に起きることを私たちは待った。
アフガンの彼は、ゆっくりときびすを返してこちらに向かってきた。眉間にしわが寄っている。
そこへじじはもう一声「タリバン!」・・・!彼は耐えていた。何を言おうか言葉を探しているようだった。
もう一度じじいにその言葉を言わせてはいけない。「やめて下さい!」
と私たちは口々にじじいに言った。するとぐーっと押し黙っていた彼が、笑ってウィンクしたのだ。「気にしないで」って。
緊張が解けて泣きそうな私たちは「よく頑張った。よく耐えた。えらいえらい」と日本語で言いながら、
彼の毛むくじゃらの手に小さく見えるグラスへ日本酒をついでやった。
じじいは、フンフン言いながら「俺はまったくのノーマルだ。100%ノーマル、お前達はどうなんだ!」と
今度はおかまに対して物言いを始めた。「まったく困ったじいちゃんだなあ」と私が言った。
寂しくてこんなに歪んでしまうもんか。ラテさんが「おーう、そっかじじい、んじゃ、What’s Normal!」
ノーマルとはなんぞや〜とじじいに問うた。「いや、このじいさんはただかわいくない頑固じじいって言うより、
もうちょっと悪質な差別主義者じゃないかと思うんだ」と昨日の出来事を教えてくれた。
なんでも部屋が気に入らなかったらしくレセプションに文句を言いに降りてきて(これは毎日やってるのだ)、
怒りのあまりルームキーを女の子の顔に投げつけたらしい。レセプションの彼女は目の横を切ってしまっての
流血騒ぎ。いやはや、じじいやりすぎである。でも、有色人種が嫌いでなぜタイに来る?なぜうちらと喋りたがる?
「眠いから帰る」とじじいが席を立った。憎まれっ子世にはばかる。
じじいの耳に届かなくなった頃、アフガン君がじじいに向かって「モスキート!」と言った。ほんとだわ。
英語で言うとじじいにわかってしまうのでそれ以降「蚊のおじいちゃん」と呼んだ。

 「よし、気分を変えるか!ハンちゃん、おかま見に行くか?」とラテさんが言った。
その言葉のためにタイに来たのよ〜とばかりにハンちゃん大興奮!20代女子とアフガンの彼は疲れて部屋へ。
元気な30代、ラテさん、カヨさん、私、ハンちゃんはタクシーに乗り込みいざパッポンストリートへ向かうのであった。
 店内は薄暗く、大きな音楽とタバコの煙、それから世界中から集まった男達でいっぱいだった。
入り口にはレプリカントみたいに綺麗な女の子が立っている。
「あれはオカマだな」と私が言うと、ハンちゃんはびっくりして穴があくほど見つめていた。
ここはニューハーフとノーマルの女の子がミックスでいるゴーゴーバーで、ショーは3曲交代で舞台の女の子が
入れ替わり、男の人はそれを選んで買えるというもの。
踊っている女の子より、最前列で物色している男達の危なそうな事ったらない。
「女の子達から飲み物をリクエストされても断ってね。後は明朗会計だから」と伝言ゲームが回ってくた。
ドンツクドンツクドンツクドンツクドンツクドンツク
以降、大した会話もなくだらだらしたダンスを見続ける。
だらだらした中で、やけに綺麗で踊りもちゃんと踊っているのがニューハーフだ。
ハンちゃんもだんだん見分けが付くようになって来きた。落ち着いたようなので、私はメールをやりに外へ。
明日はダーがやってくる日だと言うのに、ホテルのマシンが故障中で、全然メールの返事が出来ていなかったのだ。
後数時間でダーはメールが読めなくなってしまう。さて、何処にあるかな〜。
OL時代にタニヤで飲んで、そこのおかまちゃんにネットカフェへ連れていって貰ったことがあったので、
きっとパッポンにもあると高をくくっていたがちょっとばかし苦労してしまった。
慌ててバーへ戻ると全員退屈の極みだったようで、早速「帰ろう」と。タクシーの中で「ハンちゃんどうだった〜?」
と矢継ぎ早にみんなが言う。「うーん、だいじょぶよ〜おもしろかったねー」とハンちゃんは答えていた。

だが、部屋に戻るととたんに英語でまくし立て質問責め。
ダンスがなってないとか、おかまはパーフェクトすぎて気持ち悪いとか、おっぱいが小さいとか、
そんな事をつらつら言った後、「でも、、、、なんでこんなにもオカマがいるんだろう。産まれたときからならわかる。
でも、時々だんだんオカマなる人がいる。この国にはそれがとても多い気がする。なんでオカマに成るんだろう」
そして「あこさん、私はオカマかもしれない」と言う。ゴーゴーバーの後、カミングアウトですか。
「もし、男女の性を超越して素敵な人が私を愛してくれる時には、私は自分の性を捨てることがあるかもしれない」
と、私が言った。「ほんとう?」ハンちゃんがベッドから飛び起きる。
「うん、別に良いじゃないの。ハンちゃんが言いたいのもそう言うことじゃないの?
将来、誰と出会うかなんてわかんないって事じゃないの?」ハンちゃんは、うんそうそう、と言いながら
「あ〜でもな〜どうなんだろう」と昔の恋愛あれこれについて語ってくれた。
(とはいえ、幼稚園児のデートに毛が生えたような話なので割愛)。
そしてひとしきり話してさっぱりすると、「あこさん、今日でオカマフィーバーは終わりにします」と
突然おかまの悩み完結。3秒後は高いびきだ。
私は取り残され・・・。何のカミングアウトだったんだ。あっさりしてんなおい。

1月15日(水)音湯気たてて倒れる人

15:30頃到着予定。ダーを乗せたTGを待つ第一ターミナル。
その昔、会社員だった頃は休みの度に二人でアジアを旅行したが、この仕事をするようになってからと言うもの、
全然一緒に出かけなくなってしまった。チケット代も商品に跳ね返るので、私はなるべく安い時期に
買い付けに行くようにしてしまう。長い休みはもっぱらお部屋でゴロゴロだ。
それがダーの仕事がお正月も忙しかったことで休みがずれた。
またとない機会なので、ハンちゃんもダーも連れて、「ままか慰安旅行」なのである!
明日からクラ〜ビなのである!待ち合わせに早くつきすぎたので、待ち合わせ場所を通過して、
空港の出口付近で待っていた。スチュワーデスの制服などをひやかしていたら、あっという間に不自然な時間に。
振り返ると待ち合わせ場所に見たことある人が。「なんでここにいないんだよ」と、仰るとおりでございます。
30分も気づかなくてしみましぇん。たいして広くないゲートだというのに、スッチーに目がいってて見逃してしまった。

 なんだかんだホテルに着いたら、もう晩御飯の時間。
ラテさんに教えて貰った秘密の屋台に行って大きな魚の姿フライや、あさり、辛いえびなんかを食べる。
ビール飲む人は幸せそうだ。将来におけるままかとハンちゃんの関係について激しく語り合う。
せっかくハンちゃんは日系企業(なによ文句ある?)にいるんだから、自分の夢を実現させるのに
絶好のチャンスだと。ままかで何が出来る?何をしていきたい?って話だ。
口角泡をとばして語るダー、頬を赤らめて盛り上がるハンちゃん。
やがて出来上がったのは夢の片鱗ではなく2人の酔っぱらいだった。
いつものカフェへ戻ると、こちらはこちらで宴中。綺麗なお嬢さん達がいっぱいだ。
ダーはご機嫌爆発で話していると、たぶん何か音がしたんじゃないかと言うぐらい突如壊れた。
いや、日本でも時々カラオケ中なんかにピーッ!!って頭から音湯気出して壊れるんだけど、
いつものそれ以上に彼は飛んでいっていた。誰かが席を立って帰る度に「バイバイ!バイバイ!」って
大声で手を振りながら、ぴょんぴょん跳んでいた。ま、機嫌は良さそうだからいいやと思って、
クラビから帰った後の部屋の手配に行った。なんと部屋はフルで予約不可。
焦って交渉してる私の後ろからひょこっと現れて「すみませんねえ、いや、それがね、困っちゃったなあ、
だめ?ほんと?いえね、それがね」とレッセプションに日本語でまくしたてる。どうしても予約できないので、
急遽隣の宿へ行ってみた。そこでも「いやあ、ははは、うーん、すみませんねえ、助かります、
そうそう、混んじゃうからね、いえね、良かったですよ」と騒ぎ続けていた。いいんだけど、
今この人にダウンされるわけにはいかない。
これから今まで積み上げてきた荷物を担いで、ラテさんの部屋へ運ぶのだ。
慰安旅行中、予約も出来なかったこのホテルに数十キロの荷物を預けてくわけにはいかないので、
ラテさんに預かって貰う。ただ心配なのはラテさんも今すごく酔っぱらっていて、約束を覚えてるかどうか、
それに忙しい人なので帰ってきたときにうまく荷物の受け渡しが出来るかどうか・・・
これしか方法はないのだから悩んでも仕方がないが心配だった。
宴に戻ると、まだみんな機嫌良く話し込んでいる。
明日は早すぎるので、一人ずつお風呂に入りに行こうと言うことになり、盛り上がってるチャンスに私が
最初に席を立った。何しろ宴が終わった瞬間のラテさんを捕まえないと、いくら口で約束しててもふらりと
どこかへ行きかねないのだ。ラストのシーンには絶対に私がいなくては。
しかしどういう訳か、私の後を追うように宴は解散してしまったのだ。
「ラテさんは、まだ一人で飲んでますよ」とハンちゃんが言う。「うわー!ハンちゃん、ラテさん捕まえてて!
今晩中にラテさんに荷物渡さないと、明日出かけられないよ!」濡れ髪のまま私がバスルームから叫んだ。
扉の前ではダーが買ってきたばかりのサングラスをかけて踊って、ハンちゃんを笑わせている。
私の叫びに、はーい、とハンちゃんは下階へ行ったが「いないー」とすぐに戻ってきてしまった。
なんで、事の重大さにみな気が付かないのか!私はイライラした。
もし、ラテさんがふらりとパッポンなんかに飲みに行ってしまっていたら?
明日の朝私たちは5時起きで出かけるのだ。今晩中に会えなかったらこの荷物どうすんの?
私はとにかく着る物だけ着て、ホテルの外へ飛び出した。誰もいない。
一度部屋へ戻るとハンちゃんが「キャンノットユース、ダーさん」と死人を指さした。サングラスしたまま
ベッドに大の字になっているダーをたたき起こした。日本からキャリーバッグを持ってきて貰っていたのだが、
ご丁寧に鍵を調達してしっかりかけちゃっている。もう荷物運ばなくて良いから、鍵を開けてよ!
ぐずぐずにゃーにゃー言ってるが構わず開けさせ、運べるように荷物をまとめるとまた外へラテさんを捜しに。
ああ、駄目だ、いないや・・・と部屋に戻ろうとしたその時、背中からおっさんの歌声が。
「あー!良かった、探しちゃった!」と私が叫んだので、ラテさんはダーに何かが起きたのではないかと
「どうした!」と真剣な眼差しで受け止め姿勢になった。荷物のことと聞いてケラケラ笑っていたが、
やがてハンちゃんと2人で運び込んだ荷物の量を見て焦りは悟ったはず。
「もし、戻ったときに俺がいなくても、ホテルの奴に部屋を開けさせて持って行けや」と言う。
しかし、留守中の人の部屋を開けて物を持ち出すなんて尋常じゃない。「じゃ、その事を一筆書いて置いて」「なにー!
俺を疑ってるんか?うそやないでー。なんかそんなんで騙されるとか、今まで遭うた事あんのか?おかしいで」と、
いやそう言う問題じゃないのよ。
万が一その時レセプションが機嫌悪かったりして私を疑ったら、荷物受け取れないで帰国なんて事になりかねない。
長期滞在のラテさんは信用されてても、私はその日ここの予約すら入ってない人なんだから。
着替えなんかだったら別に良いけど、これは仕事なのだよ。
しかし酔っぱらい相手の説得は本当に無意味だ。言っても全然通じない。
仕方ない、荷物預けられたんだから贅沢言うな、次のこと考えよう。

 いろいろ心配でまんじりとしないうちに出発の時間。
ハンちゃんは、私たちの帰国日に一緒にバンコクを去りたいと、何度もタイエアラインに出向いていたが、
ホーチミンラインはずーっと満席だった。なんとか取れている席は私達が帰った2日後の朝便だ。
これより早く帰りたいなら、毎日空港でキャンセル待機をしろと言われていた。
ラテさんに預けた荷物の中にはハンちゃんが家族に買ったおみやげも入ってる。
私が受け取りについて心配しているのを見て、ハンちゃんまで神妙になってしまい
「私、キャンセル待ちは体に応えるし、もし荷物をうまく受け取れなかったら、手ぶらで帰らなくちゃなんないし、
今取れてるフライトで帰ろうかな。そしたらあつこ達の荷物も受け取って上げられる」と言った。
「いやあ、せっかく2人分の機内持ち込み重量使えるのに、私たちこそ手ぶらじゃ帰れないよ。
いざとなったら私が帰国を延期するから。お土産は私が送って上げるわよ」と、言うと、
日本からお土産をベトナムに送って、ちゃんと着くかなあ・・・とひどく心配している。
商品にそんな心配したことあるか?ハンちゃんにとってお土産がものすごく大事なことを再確認。
大丈夫、絶対受け取って上げるから・・・って。より緊張してしまう私だった。


1月16日(木) 早く泳ごうよ

今日からオフです。オフなのでさらっといきます。さらっとね。

 くそ朝早い、そしてくそ寒いドメスティックの空港。
国際線から回ってきた日本人が、着てきた冬服をそのまま利用してた。そのくらい冷え冷えで、私達はくっついて
震えていた。飛行機の中もさっ寒いっ・・・。ハンちゃんに乗り物酔いの薬も飲ませたし、とりあえず準備万端・・・と
思ったら飛び立つ前にダーがゲー。寒さに震えること小一時間で今度は熱風のクラビ空港に到着だ。
椰子の木が生い茂り、潮風爽やか〜な南国のはずなのに、今まさに二日酔いと睡眠不足で目の下真っくろけの
私達にはただただ無風のオーブン。冷たい皮膚から変な汗かきながら、心にある不安がよぎり始める。
バンコクのみんなから「絶対宿とれないよ」と脅かされていた。
別にどんな宿でも寝れる〜と強気で今日までその意見を無視していたものの、半病人を抱え重い体で
オーブンの中にいる今、行くところが決まってないっていうのはあまりにも面倒くさい。
無言でホテル紹介カウンターに行ってしまったのは言うまでもない。多少高くても3人眠れる屋根を確保し、
そこまで送ってくれる車を手配してしまったのも言うまでもない。「さあさあ、慰安旅行ですよ〜」
エアコン効かせたタクシーでやっと拍手〜!と思ったら、ダーもハンちゃんも生きてるのが精一杯のご様子。
ホテルに到着してもルームメイキングでしばらく待たされて、日差しの中どんどんぐったりしていく二人。
買ってきてから4日目のほうれん草みたくなった頃にやっとベッドへどーん、出来た。
せっかくここまで来たのに、何も言わずお昼寝タイムだ。「お腹空いた」相変わらず元気なわたし。
ベランダへ出たり、ごろごろしたり、ジュースを飲んだりしながら二人の復活を待った。
しかしクラビの物価の高さには驚いた。もしかしたら過去一番高いホテル代を払ってる。
それで別に何が凄いって訳でもなんでもない。もちろんそこそこ綺麗ではあるが、ビルディングスタイルで海に
来た気がしなくて面白味に欠ける。
そうそう、しかし唯一面白いと言えば、お風呂のガラスは磨りガラスで誰かがお風呂にはいると客室から
透けて見えるようになってる!ラ、ラブホ〜ですか?余計なサービスですか〜?
潔癖のハンちゃんが気が付いた時が楽しみだ。今まで浜辺ではバンガロースタイル(犬小屋とも言う)の
宿にいつも泊まっていた。エアコンも温水もないが、海はプライベートみたいに近くていつも風が吹いていた。
そんな宿も年のせいで冷水を思うと腰が引けるようにはなったものの、静かで快適な場所に
それがありさえすれば今回だってそんなとこでもいっこうに構わないのだが、どうもアオナン周辺にはそう言う
スタイル自体が無いようなのだ。晩御飯を食べに行くついでに明日の宿を探すつもりでいたが、
大きな期待は出来ないな。やがてぼんやりと復活した一行は散歩がてら街を見て回り、宿の値段を聞いてみたり、
ツアーを冷やかしたり、ビールを飲んだりしてくつろいだ。クラビにもいろいろな浜があり、
雰囲気に合わせて場所を選べる。なぜ私達がこのちょっと賑やかで物価も高いこのアオナンにしようと
思ったかというと、他の島へ出るのには一番便利な船着き場だからだ。もう私はやっと取れたお休みなので、
全部の島へ行くくらいの鼻息なのだから!しかし港だからやっぱり浜づたいのバンガローはない。
ちょっと残念だねえ、と言いながら人の良さそうなおばちゃん達がレセプションにたむろっている
民宿もどきに明日からの予約を入れた。3人一部屋でも良いんだけど、さすがに5日近くもあると、
男女同室に慣れないハンちゃんも、慣れないハンちゃんと同室で気を使うダーも、
両者限界がすぐに訪れるだろう。悟って2部屋に分かれることにした。が・・・
「せっかくのお休みだし、あこさんはダーと想い出作りをしたいのね〜。
わかるわかる〜、いいのいいの気にしないで、別々の部屋にしましょう、ね」なんてハンちゃんはしたり顔だ。
「何言ってんだ、ハンちゃんだって自分の部屋が出来たらほっとするよ〜」なんて、
言えば言うほどムキになって弁解しているみたいになり、ハンちゃんに優しい笑顔で
肩をぽんぽんと叩かれるのであった。2部屋金を払っているのは私なのに非常〜に心外。


1月17日(金) もっと泳ごうよ

なんでも、ハンちゃんは子供の時に溺れて以来水は大の苦手という。
そのハンちゃんに海の楽しさを知って貰おうとシュノーケリングの特訓をする事にした。
私自身、泳ぎはちっとも上手じゃないのだが、シュノーケリングを覚えて以来海がとっても身近なものになった。
泳げなくても海が大好きだった私には、水中にいられる時間が長くなった事がとても嬉しかったし、
魚の側に行けることも興奮した。ダイビングのライセンスもあるけど装備がめんどっちいので、
そこそこ深いところまではシュノーケリングで行ってしまう。しかし頑固者のハンちゃんなので、
抵抗は激しかった。まず水に浸かって頂くにあたっては1ヶ月前からメールで口説いていて、やっとここまで来たのだ。
 ハンちゃんが水着を持っているとは思えないので、デブ豆田の水着を2着とシュノーケリングセットを借りて、
日本からダーに持ってきて貰っていた。なんで2着?なんとかハンちゃんに納得して着て貰おうと用意した2着。
とにかくベトナム人の女の子が肌を容易に見せることなどあり得ないので、水着に着替えさせるにも説得が必要なのだ。
露出の少な目なものを2種用意し、どちらか好きな方を選ばせる。
日焼け止め、乗り物酔い、水着、虫よけ、シュノーケル、水中用足袋、それからそれから・・・一人動かすのって
なんて大変なんでしょう。
そこら辺の兄ちゃんは、たいてい船乗りなので目があって行き先を告げればOK。
波の静かなライレイビーチで島渡りのシュノーケリングトリップが出来るように練習しましょう。
笑顔のかわいくない、ものっすごく悪そうな背番号1をつけた若者が私達を乗せて、そのビーチへ運んでくれた。
帰りも俺のに乗って帰れよな〜と背番号1は歌いながら浜を歩いていった。
あまりにも悪そうなので、他の人と間違えることもなさそうで良い。
腰に巻いていたサロンを砂浜に引いて、タオルなんかを置いたらさあいくぞ。
少しずつ海に入って行くと、どこまで行っても自分の足先が見えた。その足の着くところでも充分に魚を
見ることが出来る。さすがここまで来ればタイの海でも美しい!
静かに水面に顔を付けて魚を見ていると、爆音と共に水が濁る。
ダーがハンちゃんの手を取ってダバダバダバダバダバダバダバダバダバ、バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャずーっと泳ぎ方を根気よく教えているのだ。涙ぐましいなあ。
じゃ、いよいよシュノーケルをつけようか。日常のことを教えるのとちょっと訳が違うので、シュノーケルのやり方を
ある程度英語で調べて置いた。マスクに唾を吐き出せ、勢い良く息を吐く、
息を吸った後水を吐く、体の力を抜いて〜、なんてね。水に恐怖心がある人が指示がわからなくてパニクルと
今後一切やらなくなってしまうかもしれないので私も真剣よ。顔に食い込むマスクと口をふさぐシュノーケル、
泣きべそで戦うハンちゃん。「ほれ、魚が見える!」とか「まあ、きれいきれい」としきりに声を掛け、
「うまい、うまい」とお世辞を言いながら、なんとかやる気を出させようとはしゃいで見せる私。
気が付けば、私とダーの2人がちっとも海を堪能していなかった。
いつもだったらもっと遠くて深いところまで泳いでいけるんだけど、足元を見てる暇もないね。
それでも、ハンちゃんにとって初めての海外旅行、初めての外国の青い海、初めてのシュノーケリング、
と思うとなんとか楽しんで貰う事が私達の楽しみ、みたいになってくる。浜にあがって休憩。
浜の売り子がビールやジュースを売りに来る。こういう所で食べる「いけないおやつ」(太る)って
最高にうまいんだよね。タイの浜辺で安心なのはシュガードーナツ。油が臭くてうまーい。
 帰りの船で「楽しかった?」と聞けば「うん!」と答えたハンちゃんなのだけど、旅行会社のツアーデスクで
「今日は海に行ったから明日は山に行きたい。エレファントトレッキングとカヌーやりたい」と。
なんだ海行かないの〜?がっかり。エレファントトレッキングにはエレファントなしのトレッキングも
組み込まれていたので、私は絶対パス。と言うことで明日はハンちゃん一人で豪華な外人ツアーに参加し、
我々はチープなツアーでコ・ピーピーへ行くことになったのだ。ハンちゃん目がきらきら☆こういう時、こ
の人は変な遠慮をしないのでわりに気持ちがいい。
 その夜、海ですっかり冷えたお腹でピザをいっぱ〜い食べて、ダーとハンちゃんは朝までお腹を壊していた。
私?私ってどうしたら壊れるのかしら・・・ほほほほほ


1月18日(土) ザ・ビーチ

お迎えの時間になっても、だ〜れも来ない。せっかく早起きして朝御飯食べてうんこして待ってるのに・・・。
宿の長椅子に座って足をぶらぶら。
今日ハンちゃんが出陣するのはエレファントトレッキングとカヤック2つを1つにまとめたオーダーメイドツアー。
私とダーは2時間程船に乗ってバンブーアイランドとピーピー島へ行ってのシュノーケリング。
アジアには非常にありがちだがなあ、このまま船が出ちゃったらどうしよう・・・。
心配になってきたので、2人を残して代理店に行ってみた。
「誰も迎えに来ないよ〜ん」「ええ!?今何時?ごめんごめん、すぐ連絡するよ」若い従業員が受話器を取った。
やがて怒った顔でお姉ちゃんが迎えに来た。連絡不行き届きかわからんが、お姉ちゃんはお姉ちゃんで
私達が集合に遅れたあげくに迎えに来いと言ったと思ってるみたいな。怖いオーラ出てるよ。
誰のせいでも船が遅れてしまっているのは、他のお客さんにとっては迷惑な話。
ぐずぐず言わずに船着き場までのバスに飛び乗った。じゃあね、ハンちゃんまた後で〜。

 思っていたよりも良い船。大きさも充分あるので酔ったりもしなさそう。
船底ではジャムクラッカーやスコーンが振る舞われた。珈琲や紅茶、ソフトドリンクはいつでも
ここで飲ませて貰える。むろんタダ。がんがん日の当たる甲板でコーラ飲みながら体を焼くのはクレイジーな
レディス&ジェントルメン。皮膚癌になりますよ、白い肌なんだから。
ブロンドのあの娘は、どんなに安いツアーでも豪華客船並の足の組み方で。
そうこうしているうちに、バンブーアイランドに到着。
ここはボートダイブなので、直接船からシュノーケリングを付けて飛び込む。添乗員がジャムクラッカーを
水面に投げると、がっついた黄色い魚が群をなして船を取り囲む。
おびただしい黄色で進むべき行く手が見えないくらい。なんだか、かえってありがたみに欠ける。
それにしても水はキレイ!
タイの海にはあんまり期待できないんだけど、ここまで来ると来た甲斐があるって位、キレイだ。
船にあがると暖かい珈琲が飲めるし、体を拭くタオルも提供して貰えたので、思いの外体力を温存出来そう。
クレイジーらは相変わらず甲板で談笑しているが、そんな恐ろしいことできまへん。シートの客室で一休み。
お昼頃、ピーピー島に到着。まずはレストランでバイキングランチ。
ピーピー島は本当に小さい島で、宿泊施設も限られているらしく、よく自力で来ては宿が無くクラビ島に
戻らざるを得ない、なんて話を良く聞く。なるほどねってくらいコンパクトだ。
そして海岸沿いのバンガローはまさに私達の求めている浜ライフの姿。
小さい島、海沿いのバンガロー・・・それだ〜。今度はまっすぐピーピーへ来ようと思う。
団体でだらだら歩いてレストランへ。こういう団体での行動はかなり久しぶりなのでこっぱずかしい。
野菜を中心としたなかなか美味しいラインナップでお腹がいっぱい。
日焼け組と離れてシュノーケリングを満喫しようと、浜の隅っこまで来てしまった。
ランチを含めピーピー島での自由時間は2時間あまり。それでこの島の魚を見尽くそうと思っても無理だ。
時間が中途半端で遠くまで潜り進む事もためらわれる。
特筆すべき魚には会えないまま、なんとなく陸に上がって散歩し珈琲を飲んだ。あーっという間にお帰りタイム。
まあ、気ぜわしい!帰りのお楽しみは、あのディカプリオが撮影に使ったマヤベイ。
ボートから飛び込むと、神秘的な緑の深淵に包まれてなんとも言えない気分になる。
ああ、やっぱりツアーじゃなくて自力で来ないと堪能しきれない!とはいえ、
そこそこあの値段であそこまで遊んで貰えれば結構良いんじゃないのツアーでしょう。
時間がないけどちらっとでもピーピーを見てみたいというまさに日本人的な今回の我々にとっては都合良すぎ。
 晩御飯は地元の魚が食べられるタイ料理店で。ハンちゃんからゆっくりツアーの感想を聞くことにする。
第一声が「お昼ご飯は玉子チャーハンだけ!さいあく!」前述しましたがハンちゃんは玉子大嫌い。
しかもツアーとツアーをくっつけたから、午前のツアーに付いてるちょっとした軽食なのでおかずもナシ。
「ツアーガイドなんて名ばかりで英語も下手だし、何だって質問してもろくすっぽ知らないのよ」と。
「象はかわいかった?」と聞くと「うん、かわいいね。でもこわいよー」と。「カヤックは?」
「うん、面白いね〜。でも私は太っているから、先生は大変でした」
やっぱりな〜一人で参加して淋しいなんて訳はないと思ってたけど、ちゃっかり一人で居ることを利用して先生と
組んじゃったりしてる。強そうに見えてハンちゃんってばまったく非力だから、たぶんカイは触ってただけだと思うよ〜。
タイ人の小さい先生前進するの大変だったことでしょう。だのにこんなに文句言ってらあ。
 ご飯の帰りにマッサージに寄り、軽くいじってもらう。気持ち良さにぼーっとしてると・・・はあ!
明日の予定を申し込むのを忘れた!明日は全員でこの近くの島を4つ一気に見て回るのだ。
ぎりぎり閉まりかけの代理店へ飛び込み、なんとか船の席を確保。
実はこの時、ハンちゃんもダーも結構へばってたのだ。私は元気いっぱいで強気だったのだけれど・・・。


1月19日(日) 海よ〜

 今日もお出迎えがない・・・。昨日の学習から自分たちでツアーを探してみる。
「これって、4アイランドホッピングの待ち合わせ?」と案内人らしき人に聞くと「うん、そうだよ」と悪びれもせず。
ふ〜・・・そもそもお迎えってないのでは?
 港に停めてある船を見てこれまたびっくり。写真と全然違うじゃ〜ん。
昨日の船は大きめで揺れも酷くなかったけど、今日はロングテールボートにエンジン積んだだけの裸船だ。
これで中距離はきついかも・・・。私はもち負ける気がしないが、ハンちゃんがなあ。
シュノーケル初日にこの船で近くのライレイビーチまで行った時は、全然酔わなかったので(近すぎだから)
ハンちゃんは平気な顔をして一番に着席した。「ハンちゃん、停まってる船に乗ってると気持ち悪くなるよ」と言っても
ちゃんと聞いていない。年輩の人や、遅れてきている人たちを待ったりしていて船はまだまだ出航の気配がない。
そのうちハンちゃんは青い顔して船から下りてきた「き、気持ち悪ぅ・・・・」。ほらね。

 ロングテールボートはしぶきを上げながらタップ島へ。ここは干潮時になるとタップ島とチキン島の間に
白砂の道が浮き上がり、両島を歩いて渡ることが出来るのだ。
丁度私達の船が着いた時も潮が低く、多くの人たちがはしゃいで海の中を歩いていた。ああ、でも今だから思う・・・
あっちの島から帰ってくる人たちばっかりだって事に気付けと、はしゃいでるのか叫んでるのかよく見ろと。
信じられないくらい綺麗な水を膝でかき分けながら、気楽に向こうの島へ歩いてみると
・・・うーん、なかなか近づかないねえ、なんて初めのうちは笑顔で文句を言い合っていた。
疲れてきた頃水深がぐんぐんと上がってきた。進むも遠し、戻るも遠しという距離ではついに全員荷物を
頭の上に乗せ、アゴを上げて歩く始末。はしゃぎ声から、叫び声に変わる。
がんばってまっすぐ歩かないと窪みに落ちてしまうのだ。
そしたら叫び声すら消える!い、生きて帰りたい。背の高い白人の観光客ですら、
潮に足を取られてうまく歩けないでいる。誰もが口は笑っているものの目は真剣。・・・やっと着いた。
ぐったりしたが時間が勿体ないのでとにかく泳ぐ。しかし取り立てて珍しい物もなく、
船に戻るのにもしももっと時間がかかったりしたら・・・と思うと落ち着いて泳いでもいられない。
と、言うことでせっかく死ぬ気で渡った来た道を戻ることになった。この事を良く知る人は、
絶対にこの潮の引きが充分でない時間に渡ろうとしないだろうよ。行き以上に困難を極めた帰りのその島渡り。
心も体もズタボロで到着した所ではビキニのあの娘がビールを飲んでこっちを笑ってみてるのさ。
濡れた荷物が生乾いた頃タップ島終了。船の暴風の中、撮影スポットに数分停まってチキン島終了。
ここどこ?って聞いてもタイ人の英語風タイ語がわからずたぶん、プラナンケーブ。
ボートエントリーでシュノーケリングする。
さて、ここが一番問題だ。どうするかシュノーケリング初心者のハンちゃんよ。なんて言おうか考えて、
しかし、ああせえこうせえ言っても結局好きなようにするんだよなあ、と思ったら、ちらっと面倒くさ〜くなった私は、
「あのね、船の中に居ると気持ち悪くなるから、ライフベストで水の中に浮いてなさい。」と言って、
水に飛び込んだ。そのうちダーも水に入ってきて、ハンちゃんを誘導している。ハンちゃんが無事にぽっかり浮いて、
シュノーケリングの装着も見届けてから、私とダーは少し深いところまで移動した。
この入り江は私たちの船だけじゃなく、いろんな船がひしめき合っていて危ないくらい。
だからハンちゃんが潮に流されていっても誰も黙って見ちゃいないだろう。
張り切って泳いでみたが水温が結構低いのと、魚並に人が泳いでいて情緒のカケラも無いってことで
早めに船にあがってしまった。すると、ぽっかり浮かんでいたはずのハンちゃんが船に乗ってる。
「どうしたの?」って聞くより先にすごい目で私を睨みながら「吐いた!」と言った。
「船で吐いたの?水中で吐いたの?」と聞くと、やっぱり船にあがってからだという。
「だから〜停まってる船は堪えるって言ったでしょ〜」と言いながら、水温も低かったからそれも無理だったかな〜と
一人ごち。に、したって凄い目で睨んじゃってったく。ハンちゃんにしてみりゃ、ここへ来て急にほっぽらかされて、
こんな目に遭わされて、ううううって思ってんのかしらね。
だろうな。あんたの撒き餌の中で泳いだんだから許してよ・・・。
 ランランラン、私は非常に元気でお弁当の時間。ポダ島に到着するとまもなくお弁当の発泡スチロール箱が配られ、
私達の分はなかったが水も配られ、各々木陰などで一休み。ハンちゃんは死に体でお休み。
私達もお腹が膨れて少し横になった。あ〜〜〜〜〜〜〜気持ちいい〜かな〜?と思ったが暑い。
2人を残して少し泳ぐ。かわいい地元の女の子がお母さんと来ていたので、タイ語の話し相手になって貰ったりする。
「タイ語話せるの?」と聞いてくれたので、非常に下手ながらタイ語に聞こえていたようだ。ハハハ。
ポダはなかなか良かったなあ。お勧め。何がお勧めかって説明する間もなくまた船に乗せられ、ライレイビーチ。
あれ?4っつってどう4っつ?アイランドホッピングなのに、ケーブやビーチも数に入れちゃうの?なんだかな〜。
ぐったりしたハンちゃんを抱えてまた木陰へ。陣地をとったらダーまでがお腹痛いと言う。胃が冷えちゃったのだ。
さすがの私も疲れた・・・ぼーっとする。ぼーっとしに来たのに、ツアーで割り当てられた時間だと思うと何故だか
ハラハラしたり勿体なかったりするのだ。疲れるって言っても体じゃなくて時間に追われることに疲れるんだな。
どこも自力で行ける島ばかりだったし、今度は自分で船捕まえて行こう・・・。
強行軍でみんな具合悪くなっちゃったし・・・。
 「あつこさん」ハンちゃんが目を覚ました。小声で「あつこさん、一緒に海に行こう」と言う。
あれ?もうすっかり海はごめんって人が珍しい。「あつこさんは休憩中だから、行って来れば?」と言うと
「おしっこ、おしっこ」と囁く。ここは大自然だ。もちろんトイレはない、海よ〜俺の海よ〜。
「何言ってんの〜?行ってきなさいよ、好きなだけ、好きなように」と言うと「いや〜一緒に行って〜」って・・・
もしもし?女子中学生の連れションだってヤなのに、何故一緒にぬるくなりに海へ?
「うるさい!一人で行って来い!」と突き放すと
「じゃ・・・我慢する」と横座りしてじっと耐えている素振りを見せるのだ。
「ん〜?なんだ、ハンちゃん、おしっこしてきなさい」とダーも言う。ハンちゃんのおしっこなんて
猫のしょんべんレベルで猥談にもなんない。「早く行ってきなよ〜!!」
我々はハンちゃんの膀胱が気になって仕方がないが、その度に「じゃ、一緒に行って〜」と言うので、
とうとう放っておくことにした。もうしらん。
 おしっこもお腹で大事に持ち帰ってアオナンへ帰港。走ってどこかへ行った彼女。
 この後、ハンちゃんも疲れて言葉少な、ダーもご飯が喉を通らないくらい調子が悪くなり、
最後の夜は祭りにならずフェイドアウトした。クラビの夜は雨が降っていて静かだった。
はしゃげないと疲れがしみてくる。仕方ないから部屋でテレビを見てると・・・思い出した、大事なこと。
洗ったシュノーケリングをレセプションに置いたままだ。レセプション(とはいえ机が1個ポツン)は、
朝おばちゃんが来るまで鍵がかけられていて誰も入れない。私達は早朝バンコクへ戻るので、
もしかしたらおばちゃんが来るより先にここを出てしまうのだ。
だからって支払いも足の手配もとっくに済ませていたと言うのに・・・。
うわー宿代よりも高いよ、3人分のシュノーケルセット!

1月20日(月)
 結論から言うと・・・間に合ったよ。おばちゃん来てくれた!

 さて、バンコクへ戻るとなるととたんに仕事モード。まずは一番心配していたラテさんに預けている荷物を引き取る。
ラテさんが居なかったら、ホテルにラテさんの部屋を開けて貰わなくちゃならないからさあ大変。
いくらラテさんが大丈夫って言ったって、ホテル側が私を信用するかどうかわからないんだから。
「一言言っておく」なんて言って、たぶん酔っぱらって忘れちゃってるよ。
ハラハラしながらタクシーでまっすぐラテさんのホテルへ。
 今日のフロントは運良く愛想のいい女の子だ。ラッキー話しやすい。「ミスターラテは外出してます」と言うので、
実はコレコレこういう事情で部屋を開けて欲しいんだけど・・・聞いてない?と言うと「すみません、聞いてません」と、
ほら!やっぱり一言言ってない。フロントのお嬢さんも困っている。
いつもポーターしてくれるお兄ちゃんが横で聞きながら厳しい顔で「部屋は開けられない」と言った。
「ラテさんは今日私が来るのを知ってるの。それで入って荷物勝手に持ってって良いって言ってたんだけど」と
取りあえず言ってみた。すると「え?あ、そうなの?」「あ、そうなんだ」「じゃいいんじゃない」
「念のため立ち会ってくれる?」「もちOK、OK」と、な、なんだ、そんなんでいいの?
後で会えるか解らないので、一応お礼の書置きをし、レセプションにも一言引き取りのメモを残して隣の
ゲストハウスへ荷物を引っ張っていった。お土産が手元に帰ってきてハンちゃんも嬉しそうだ。
 さて、今日はなじみの仕事仲間でもあるニカちゃんとお食事の約束。
クラビから戻って数時間しないうちに仕入れ、そのまま食事会。
クラビでのんびりする予定が結構な強行軍だったので、今になってこのスケジュールを後悔する。
しかし、相手もあっての約束だ。いかねばならぬ〜。
 ホテルの裏からボートが出ている。夕方になったら渋滞が酷くてタクシーは使えない。
船で街の外れまで下っていくことにした。ボートも会社帰りの人たちでいっぱいだ。
座る場所もないので、船の屋根柱にしっかり捕まって立つ。
お金を払う時、タイ語が読めないから着いたら教えてねっと言っておいた。さあ、出発。
川はいささか臭うが、川から見る生活の風景はまさに裏側からという感じでとても面白い。
細い川幅いっぱいに船が行き交う。乗車賃を集める少年の頭すれすれに橋が抜ける。
そのタイミングたるや絶妙!いろんな物を避けながら、スピードをコントロールしながらびゅんびゅんボートは進む。
この川には一つだけもの凄く低い橋があるんだ。橋を高くする訳にもいかないし、よける事も出来ない。
じゃ、どうするかって言うと、船の屋根が縮むんです。突然、屋根がドドッと落ちてくるのだ。
「そりゃ〜座って〜!」と船頭が言うと、立っている全員が素早くしゃがみ、座っている人は姿勢を低くして
落っこちてきたぼろぼろの帆屋根を支える。そして橋をくぐり抜けると屋根がぱーっと持ち上がり、
船は一瞬にして元の姿に戻る。突然のことに私達がはしゃいで盛り上がっていると、乗客達も笑ってくれた。
ハンちゃんなんか大興奮で「また橋が来ないかなあ!」とぴょんぴょんしていた。しかし渋滞知らず。
船の旅はあっという間に終わりだよ。
 ニカちゃんのお店に到着すると、早速ハンちゃんは船の出来事を一生懸命話していた。
でもニカちゃん達には普通の事なんだものね。
そのハンちゃんの口振りが面白いらしくニカちゃんはケラケラ笑っていた。ニカちゃんは私とさほど年も違わず、
一人でショップを切り盛りしてるって境遇が似ている事もあり、長いつきあいになってるんだけど、一度も一緒に
ご飯を食べたことがない。今回はダーも来たし、ハンちゃんも来てるのでみんなでご飯を食べることにしたのだ。
ニカちゃんは昨年、ご両親を交通事故でいっぺんになくして、また間もなくたった一人の肉親となった叔父さんも
亡くし、以来情緒不安定で仕事どころじゃなかった。私の荷物もカナダへ行っちゃったり、数が足らなかったり、
違う物が入ってたりとそんな事が続いていた。その話が始まる度、今でも涙が溢れてきて大変。
ご飯も全然食べられないと言うから、みんなで食卓を囲めばなんとなく気が紛れて何か食べられるかもしれないよと。
 生きているといろんな事があるもんで、ニカちゃんも私同様仕事を始めた頃は気ままでただただ楽しいだけ
だったのに、泥棒にあったり、騙されたり、大事な人を失ったりして眉間にしわが増えた。独りぼっちになって
背負わなくちゃならない物は自分自身だけなんだけど、それは返って簡単な事じゃないのかもしれない。
だって誰かの為にはがんばれても、自分のためにはがんばれないって事もあるものね。
ニカちゃんは突然一人になるなんて考えられなかった、お母さんに会いたいと言っては泣く。
胃が痛くてお腹を押さえてる。でも、大好きなお洋服はちゃんとコーディネートして綺麗に着てるんだ。
そうやって少しずつ元気になる、必ず元気になる、と乾杯した。


1月21日(火)タイスキ伊勢丹免税店

結局ハンちゃんのフライトは最後まで希望日にならず、私達が一足先に帰ってしまうことになった。
ここへ着いた当初はそんなこと絶対にイヤ!だったので必死にタイ航空に掛け合っていたが、
今はラテさんやその仲間達とも知り合って、バンコクの街も覚えて、むしろ自分の時間が欲しいくらいに
なった事だろうから心配なさそう。遅いお昼をMKのタイスキにした。ハンちゃんはお皿を持って飛び回っていた。
普段食べない物までがっちり持って来ちゃってもう・・・。
具を自由に持ってこられるバイキングスタイルが、クーポン食堂同様かなり気に入ったようだった。
鍋屋だからって、こんなに寒くて良いのかっつう位寒い店内に、ダーが頭痛を起こす。
深夜のフライトまで残された時間を寝てるなんて勿体ないので、薬を飲ませて買い物だ。
ジムトンプソンでダーの現場仲間にシルクのパンツを。そしてMBKで新しいリュックを買った。
それから伊勢丹に行って、ハンちゃんに英和辞典と漢字辞典。
英語から意味を引けば日本語ももっと分かるだろうと思って。日本語の難しい漢字にフリガナのある物が
理想なのだが、そうすると英語のレベルが下がって語数が減ってしまう。頃合いの良い物を限られた数の中で
選ぶのは大変だったし、日本からの輸入物なのでとても高価だった。
「だから、よりいっそうがんばって下さい」と言うと「はい。これは、私の知識です」と嬉しそうに答えていた。
そう言われると、私も嬉しくなっちゃうので、社長も甘いですなあと言ったところ。
「明日もまたここに来ようっ」とハンちゃんは本屋さんがとても気に入ったようだ。
タダで貰えるリーフレットが置いているコーナーや英語の小説のコーナーなどを教えておく。
その時に、ハンちゃんが買った本「成功者達は語る!」みたいな・・・あんたビッグトゥモローかい。
ハンちゃんがままかでやりたいことを、私の力でさせてあげられるかは解らないけれど、
ハンちゃんは一生懸命打ち込める仕事を探しているし、それが出来る能力もある。
人に使われる人から人に提案していく人へ変わって欲しいと私も思っている。
ここに来て一番見て欲しかったタイ人のホスピタリティーを、ハンちゃんもだんだん柔軟に受け止められるように
なって来ていた。いつも「なんで、あれだけ物を見て、やはりいらないと言っても怒らないのだろう」って
思っていた事に「いやな思いをしないで貰えば、また来てくれるから」という回答が浮かんでくるようになっていた。
「あつこさん、タイ人は良く笑って、親切です。ちょっとだめ、でも、良いよ」 
いつもはホーチミンのカフェで見かける外国人にハンちゃん自身がなってみたこと、これはとても貴重なこと。
バンコクのカフェで、日本人やスイス人やアフガニスタン人やオーストラリアンと、
共に異邦人としてそこに存在する、その実感。外国人として見られること、否応なくベトナムという国旗を
背負って話すこと、その最初の感触の中に、ハンちゃんがやりたいことの最も大事なヒントが隠されている。
日本人で好きな人はあつこさんだけだったのに、日本人のお友達がこんなにも増えたこと。
あなたの揺さぶられて苦しかった思いが、だんだん揺さぶられて楽しいに変わってきていた、
その強さを良いなとボスは思ってますよ。
 マッサージを2時間もしてたら、ダーが免税店に行く時間が無くなってしまったので、
早めに空港の免税店へ行くことにした。今日一日はまったく観光客そのものだなあ。
 「それじゃ、ハンちゃんをよろしくお願いします」とタクシーから失礼して、
ホテルのオーナーやラテさんに挨拶をした。「ハンちゃんじゃあね、無事に戻ったらメールしなさい」
「はあい、いってらっしゃい、さようなら」。毎日何かとぐずぐず文句を言いながらも、
最後はいつもハンちゃんは元気だ。さすがにプリティウーマンやマイフェアレディのように数日で
あか抜けたお嬢さんになりはしないが、それでもちょっとだけ自覚的に頑張ってたね。
初めて黒いTシャツなんかを買ってみたり(白しか持ってない)、カレン族のネックレスを買ってみたり
(そもそも持ってない)、そして今そのまんまの格好で私を見送っている。
分かりやすいというか、なんというか笑っちゃうけど、しぶちん(給料安いからね)のハンちゃんと
女の子らしいお買い物するなんてのも、初めてで新鮮だったなあ。またそのうちどこかへ連れ出すよ。
願わくば一度日本へ呼びたい所なんだが・・・・。
 もう少し、日本がいろんな意味で良い国だったら安心なんだけどなあ、と思う。

もうけっこう
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