ウイアーザワールド
手を繋ぐ商人と商人



第4回 ベトナム編(サパ・バックハー・ハノイ・ホーチミン)




7月 13日(木)みんな仲良く一列で行こう

 
アジア雑貨屋は夏が勝負。 だってさ、卸元は夏物ばっかり売ってるのは南国だから当たり前じゃん。
冬は懐も寒くなってしまう。だから今はPCに張り付いて売りまくらなくちゃならないのに、何故か買い付け。
ダーのお仕事が忙しくて、この時期を逃すとこの先かなりの長期買い付けに出られないため、
海の日を含めた日程で出かけることになったのだった。海の日を含むと当然航空券は高くなる。
そこで、私は1週間早く出発することにした。せっかく1週間早く行って、ホーチミンでハンちゃんと
遊んでいるのも勿体ないので、ハノイでも買い付けそしてサパまで少数民族に会いに行くのだ。
これがかなりタイトなスケジュールで、やってみるのと思ってるのとでは大違いだった。
今回は何の弾みかうちの優秀コーナー「あじゃきん」で紹介している判子屋まなちゃんが一緒に来たい
という事で、一人で飛行機に乗るのが寂しかった私は喜んでお迎えし、その上3番弟子のかにさんまでが
付いて来てくださるという。 これで一人あたま20kgの機内持ち込み割り当て分が3倍に・・・ダーが来たら4倍。
いっひっひっひ。
朝は6:20分に羽田のモノレールの改札で待ち合わせ。3人は順調に関空へ。
お弁当を食べたり、歓談したり旅行さながら(2人にとっては旅行なんだから当たり前か)の和やかなムードの中、
響き渡る場内アナウンス「VN航空○○便にご搭乗予定の田中眞那美様」お弁当を買うときに、
タオルを落としたと言って慌てて取りに戻ったまなちゃんは、そのタオルの下に搭乗券があるのに
気が付いていなかった。 タオルだけ回収して戻ってきたのである。
搭乗10分前に搭乗券が無いことに気が付かない人・・・恐るべし。 危うく大阪でさよならするところであった。
これからは立ち上がったら振り返る運動をしよう、という事になった。 ようやく機内へ。
しかし、ホーチミン到着の際にはみそ汁と梅干しを無くしたと訴えている。 私は多分家の玄関にあると思うぞ。
機内で小分けにした記憶があるので、絶対にそれはない、と言い張る彼女・・・。

ホーチミンで久しぶり!、ハンちゃんが合流。
3番弟子のうにさんが、塾の先生で英語が喋れると紹介してしまったばかりに、張り切ったハンちゃんの舌は
いつもより多く巻いてしまい、聞き取りづらいったら。 飛行機を3つも乗りこなしてやっとハノイへ。
書いてしまうとあっさりだが、長かった〜。 ハノイノイバイ空港に到着。
そうそう、ちょっとおトイレにと思って行ってみて驚いた。
そこはかなり田舎の中華風・・・。
ついたて無し、扉無し、ワンフロアーのみで溝に向かっておしっこしてるのである。しかも顔がこっちに向いてる。
トイレの入り口にも扉が無くて、中に入ったらいきなりこの風景なのだ。
おしっこしてる人複数に見つめられる初めての体験。 私もたいがい色んなとこで用を足してきましたが、
航空のトイレでこれに出会えるとは。意気地無しと言わないで・・・諦めました。次はチャレンジしたいと思います。
タクシーに乗って中心街へ。タイに引き続きプールをひっくり返したような雨。 先の見えない高速を走る恐怖と、
さっき見たモノの恐怖と、犬鍋の話で盛りあがる。 ハンちゃんはベトナム人の癖に生春巻きは嫌いだし、
珈琲は頭痛くなるし、犬とか想像しただけで気持ち悪くなるらしい。
それを聞いてまなちゃんはハンちゃんとおなじ物しか食べないことを決意する。
私とかにさんには騙されかねない・・・良い勘してる。 サパへのツアーもホテルもブッキングしていなかったので、
タクシーには直接シンカフェのオフィスに行って貰うが、生憎予約はフル。ちょっと歩いてクイーンカフェへ。
一人32ドルのツアーを取ることが出来た。カフェのお兄ちゃんにお勧めの宿を聞くとシクロを用意してくれて、
そこまで送ってくれた。明るい街から暗闇の中へ走り向かうシクロ。 本当に静かな一角に到着。
しかし、ここは何処ですか?かわいらしい兄弟達が経営するゲストハウス、ツイン一部屋8ドル。
なかなかいい感じだ。食事をしようと外へ出るが、時間も時間だったのでビアホイしかやってない。
それもクローズ寸前。何か口にすると、ほっとするもんである。 まなちゃんがいきなり泣き出した。
それも大きな目からボロボロ涙がこぼれているが嗚咽するというでもない。 「あれれ・・・」という感じで涙が出る。
かなり疲れていたし、不慣れな事は多いし、飛行機も恐い位の彼女だから無理もないか。
でも解る気がする、暑くて、暗くて、興奮を秘めながらも寂しい感じのするハノイの夜だった。



7月 14日(金)爆音クラッシックちょっとヨーカドー風味

朝は5:00に起床。お迎えのバスが5:30にやってくる。 昨日の移動がまだ続いていのだ。
体が揺れている。
あらかじめ関空で日本円を少しドルに替えておいたのだが、レートを考えてハノイでドンに替えておきたかった。
宿の男の子達はレセプションの床に寝ていた。
やっと一人起きてきて寝ぼけながら手持ちにあんまりドンがないからよそに行って借りて来るという。
そんな事しているうちにバスが来ちゃったら大変だ。不安だけど両替は諦めた。
表のドアを開けてみてびっくり。ここは旧市街の奥の奥、路上市場の真ん中だったのだ。
女性が大きな豚を大刀でさばいたり、鳥から血を抜いたり、羽をむしったり、
魚は勢いよくビニールの中で暴れたりしている。 買い物客が来るにはまだ早く、準備に余念がない。
そんなワイルドにして素朴な場所を後に我々は12時間のバス旅行に出かけるのだった。
バスに冷房はなく、窓を開け放して走る。おしっこの心配ばかりしていたから、冷房がないのはありがたかった。
何時間も走れば走るほど、トイレも田舎になっていく。降りるたびに神経質にトイレに通っていた私。
8時間も走った頃だろうか、休憩に降りたその御茶屋さんは、ついにトイレがどこだかわかんい域に達した。
「ハンちゃん、トイレどこかね〜」と言うと、したり顔して「ここには無いね」と言う。
「うそだ〜人が暮らして居るんだから、穴でも何でもあるだろうよ〜」
やっとハンちゃんは御茶屋のおばあちゃんにトイレの場所を聞いてくれた。
お店の裏の藪、奥へ奥へと入っていくとコンクリートの壁面が。覗いてみるとただの四角いフロアだ。
ま、まさか、また。「ここ」とまたしたり顔してハンちゃんが言う。
「なんかでも、ちょっとおかしいぞ。出した物は何処へ?」小さな排水溝しか付いていない。
悩んでいると後ろから白人女性が「トイレならこっちよ」と教えてくれた。
ハンちゃんがてっへっへと笑った。 このやろう。知ったかぶりしやがって。ここは多分洗濯場だ。
さらにさらにバスは山を目指す。 もう、いろは坂なんてもんじゃなく、道はくねくね。
天井に頭がぶつかるんじゃないかっていうジャンピングバスは、何故か眠れないほどの爆音で
クラシックをかけてぶっ飛んでいく。 それでも私は寝たが。かくいう私は乗り物酔い王なのだ。
寝ないとゲボる。必死で寝る。何故かハンちゃんも寝る。私の肩にもたれて・・・ならかわいいが、
肩にヘッドバッキングをくらわしながら寝る。 私の肩には青あざが出来た。
かにさんはバスの窓から身を乗り出してなんでもかんでも興味津々。 まなちゃんはうとうとするとバスがはねて、
勢い窓枠に頭突きしてしまうので突然「もう、いやっ」と叫んだりしていた。見ると大きなこぶが出来ていた。
私たちの後ろのシートにはお行儀の悪いフランス娘2人と、
まるめこまれたイギリス人の男の子(いかにもいいなり)が足を投げ出したり、たばこを吸ったりと
ずいぶんと自由に振る舞っていた。 ああ、こういう時は一触即発、私は怒らないためにも眠り続けるしかない。
11時間を過ぎたころ、バスの中がにわかに盛りあがっている。
目を覚まし外を見ると、とても懐かしい、それでも見たことがない美しい山々とともに、
その山間をポツポツと山岳民族が行くのが見える。 なんて遠くまで来たんだろうか。
そぼ降る雨の中バスはやっとサパに到着。噂ほど数は多くなかったが、モン族の少女達が近づいてくる。
「あなたは、わたしのお客さん」という目印のミサンガは、まなちゃんしか付けて貰えなかった。
どうも貧乏くささが表に出ていたのか、私は嫌われたようだ。 それでも一行が食事に出ようと歩き出すと、
脇の肉を思い切り掴みながら、真っ暗闇の中で自己紹介をし始める。 真っ暗でこっちは誰が誰だかわかんない。
おいらの肉を離してくれよ。
買い物しようにも少女達はろくすっぽ物を持っていないし、みんなが揃って「明日、私から買ってね」と言うのだ。
こいう時大人はハイハイって言うが、ここでは言わない方が良い。
その言葉、預かりやしたぜって彼女たちは絶対忘れないんだから。



7月 15日(土)We Are The World

 
快晴の兆しはなし。とりあえず市場に向かって歩き始める。
モン族の衣装は市場の中のショップでも多く売られていて、モン族風ベストが目立った。
ベストねえ。地元の人も結構着ている。私にはモン族自体が着ている忍者のような衣装の方がお気に入り。
ザオ族の赤い帽子のような布も面白い。とぼとぼ歩いていると周囲をついて回るのは少女たちだ。
こやつらはちっこい物しか持っていない。ターゲットはばあちゃんたちだ。
私たちに買う意志があることが解ると、今までどこに居たのやらものすごい数のモン族やザオ族が取り囲む。
噂に聞いていたがそりゃすごい数。ハンちゃんが次々競り落としていく。
相場という物が無いのだから、無鉄砲にディスカウントさせてるわけだが、
どうしても欲しい物をちょっと緩い価格で買うと、みんなが通達しあって今度はそれ以上下がらなくなってしまう。
なんと言っても我々娘っこ二人は怖がられない。
迫力がないので、その数に押されてどんどん後ろに下がってしまう始末。
とうとうコケででろでろになっている壁に背中がくっついてしまった。
頃合いを見計らって逃げ、ランチかたがたミーティング。のんびりはしていられない。 一日しか時間がないのだ。
ふんどしを締め直して表へ出ると、もう面が割れてしまっているのであああっという間に人垣が出来てしまう。
夢中で買うが、雨がどんどん酷くなって族も我々も一時雨宿りのため営業中止、くものこ散らし解散。
私とハンちゃんは少女たちが腰元にぶら下げている小さなカバンに興味があった。
彼女たちが日常的に使っている物で、売り物ではないのだが、これがとってもかわいらしい。
床屋さんの軒先に雨宿りで飛び込んだら、群とはぐれた子供が一人、一緒になってしまった。
その子もそのカバンを使っている。
「これ、売らないの?」と聞くと自分のぶらさげてる、雨に濡れて手垢がぴかぴかしちゃってるのを渡そうとした。
「新しいのは?」とハンちゃんが聞くと「家にいっぱいある。20枚も30枚もある。全部買ってくれる?」と
鼻水たらした顔で真剣に聞いてくる。 「いいよ、持っておいで」とハンちゃんが言った。
しかし、ハンちゃんこの子らは何キロも離れたところから早朝出てきているんだぞ。 もう一往復させるのかい。
その言葉待たずして少女は雨の中を走り出してしまった。
壁に耳あり障子に目あり、これを聞いてか聞かでか、インターバル置いた後の族集会では
このバックを持って来る少女が何人もいた。 非情だが、致し方ないことに、何時来るか分らない子より
目の前のカバンをハンちゃんもどんどん買ってしまう。みなさんお気づきか。
こういう場に来るとハンちゃんはがぜん私より強い。そりゃ喋れるし、金銭感覚も私よりはベトナムだから。
私が選ぶ、ハンちゃんがネゴる。
しかし、スピードが上がってくると、ハンちゃんが勝手に決定してしまう事が増えてくる。
社長の顔も久しからず。それは全部私のために・・・という気持ちはあるんだけどね。
ヒートアップする戦場で、群の中から鼻水の顔が見えたときは
「ハンちゃん、ハンちゃんこの子からはちゃんと買ってあげて!」と言ってしまった。
20も30もあると言ったのに、お家に帰ったらなかったのだろう、手には3枚ほどバックがぶら下がっていた。
声をからして鬼のごとく叫んでいたハンちゃんも、これにはついにっこり。いい子だったね、と頭をなでてあげていた。

私たちが歩くとモン族が歩く。郵便局に行けばモン族も来る。ホテルに入れば入り口で待つ。
「ハンちゃんお友達が待ってるぜ」「それはあつこさんのお友達」外へ出て歩き出すとモン族も歩き出す。
すごい数を引き連れて、他人に迷惑をかけないで商談の出来るところまで誘導するのだ。
横に広がり縦にふくらみ、一行はゆく。なんか凄い光景だよこりゃ。
つい「ういあ〜ざわ〜るど」と歌うとハンちゃんも爆笑しながら歌っていた。 だっていかにもそういう感じなんだもん。
「みんな〜ともだち〜ららら〜」なんて歌ってたら、サンダルの帯がほどけてしまった。
私が立ち止まってそれを直していると、どうしたことでしょう、友達たちはすうっと私を追い越したのです。
我々は金銭を振りかざし、おごり高ぶってうぬぼれていた。え?ただたんに同じ方向に歩いていただけ?
今度は私たちが早足で後を付いていく格好になってしまった。うわ、かっこわる〜。
そしたら、一行について歩けないくらいのよぼよぼのばあちゃんが、
最後尾の我々に追いついてきて、「OK、OK」と優しく慰めるように言っていた。
いや、帽子を売ろうとしてるだけなんだけど。うぃあ〜ざわ〜も今やばあちゃんだけだ。
「あつこさん、友達いて良かったね」とハンちゃん苦笑。
服やバックを買いあさった後、我々の交渉はシルバーに以降。ここでは少女たち出番だ。
「昨日約束したよね」と言う少女が続発。もう、ハイハイ言うんじゃなかったな〜大変な騒ぎだ。
私は美少女好きなので、特別かわいい子は暗闇でも忘れない。それと不細工も。 あ、この子確かに居たっけな、
という子がハンちゃんにシルバーを差し出すと、かなりの高値を言ったのではねられてしまった。
「この人と約束したのよ」と少女が言うとハンちゃんは
「その人は何にも知らないのよ、交渉は私として!」とつっぱねた。ハンちゃんそれは私にもきつい一言だぞお。
ハンちゃんが交渉している間、後ろで私がもしゃもしゃ違う交渉をしてると「お願いだから、一言も喋らないで!」
と怒られたり。俺は社長だ・・・悲しがっていると、つっぱねられた少女が泣き出した。
あああ、こんなとこまで来て、50円や60円安く買いはたいて、子供泣かしちゃって何やってんだろうな、おいらは。
私も泣きたくなっちゃった。 彼女は泣きながら族語で恨み言を念仏のように繰り返している。かなり真剣。
モン族の呪いの言葉だったらどうしよう。
「あのおっかない女には内緒だぞ」と私は高額でピアスを二つ、こっそり買い取った。
これは死んでもハンちゃんには言わない。呪いの呪文より恐い。
女の子はお金を貰うと泣きやんだが、すぐに機嫌が直るのも恥ずかしかったらしく、壁に向かってじいっとしていた。
それを見て泣いたフリして売り込む奴もいたが、そこまで私も仏ではない。
族集団に押されるように、後ずさりながらホテルに戻ると、待っていたかのように豪雨になった。
恐ろしく寒い。シャワーに入っても足が暖まらない。これは風邪を引きそうだ。
かにさんとハンちゃんは土砂降りに濡れながら晩ご飯に行ったが、私とまなちゃんは降参。
ホッカイロを腰にあてて布団にくるまっていた。
ハンちゃんがお店で食べる物を用意して貰ってきたので、それを食べ、一服したら停電だ。
次から次へともう。
停電で何も出来ないので、会計もそこそこで一日はフェイドアウトしたのであった。
ああ、明日はまたバスなのね。


7月 16日(日)太陽にかざして

 
朝5:15起床。
昨晩停電の中、一緒のツアーで移動しているノルウェー人の女の子が、目覚まし時計がないので起こして
欲しいと言いに来た。 英語大好きハンちゃんが、率先して起こしに行ったが、別の部屋の人を起こしてしまったらしい。
ハンちゃんアングリー。私は昨日部屋番号を3回確認したのだが、それが違っていたそうだ。
あ、また私のせいになってしまった。せいにはなったが気まずい思いをしたのはハンちゃん。
よりによって起こしてしまったのは、お行儀の悪いフランス娘達。ジェンヌはぷりぷり怒っていたそうだ。
「私はきっとキチガイだと思われた」寝巻で朝の5:15におはようを言いに来たベトナム人。
う〜ん、私でもそう思うだろう。
よりによってなるべく関わりたくない人達、後から笑いあえない人たちをたたき起こすなんて。
それ以来我々はフランス娘達を「アンラッキーフレンチ」と呼んだ。アンラッキーはハンちゃんなんだけど。
ハンちゃんは改めてノルウェー人を起こしに行った。 モンの少女にさよならを言いながら、一行はバックハーへ。
「だいたい7kmくらいでしょう」とハンちゃんが言っていたので、すっかりその気だったのが大間違い。
でも、ツアーコンダクターも「近いよ〜」って言ってたんだよね。予想が外れて一番苦しんだのはハンちゃんだった。
何にも食べていないので、胃液をず〜っと吐き続けていた。
乗り物に弱いはずの私が、ハンちゃんをずっと抱いていたのも苦しかったが。むかついたのはアンラッキーフレンチ。
「誰よ〜げぼ吐いてるの〜」「あたしじゃないわよ〜」きゃっきゃきゃっきゃと真後ろではしゃぎやがる。
悪いけど、ハンちゃんが英語喋れるのはあんた達朝の件で知っているわけでしょう?
もう一回言ったらぶっとばしてやる(うまく抗議が出来ないので)
途中突然バスは停まり、コンダクターが2匹の大ネズミを捕まえてきた。 意識がもうろうとしていたので、
あまり深く考えなかったのだが、バスが宿に到着するとそのネズミをぶらぶらさせて歩いているので、
改めてよく見てみた。 おお、かわいい。と思ったら、犬がそのネズミの足先に噛みついた。
コンダクターがふざけて犬に見せたのだが、犬も食べようとしたのでもなく口をハムっとしたら
歯に引っかかっちゃったのである。「ぎえ〜」
ネズミが叫ぶ。手から血を流しているネズミは首に紐を掛けられて木に吊された。
仲良しネズミ二人組は、何とか生き残ろうと互いの頭の上に登ろうとする。ああ、断末魔。
「それでは部屋割りをしま〜す」と、コンダクター。 断末魔の前で笑顔のコンダクターから我々はキーを受け取った。
ハンちゃん曰く、このネズミをハノイに持っていくと高く売れるのだそうだ。漢方薬の一部になるらしい。
サパの天気が嘘のようにバックハーは晴れ。晴れすぎ。おかげでハンげぼで汚れたズボンもすぐに乾いた。
花モン族のお婆ちゃん達が華やかにマーケットを彩っている。 げぼショックから立ち上がったハンちゃんが交渉開始。
美しい刺繍のバックや、帽子、スカート買い物って楽しいわあ、って思える程の逸品ぞろい。
マーケットも陳列されている状態なので、とても買いやすい。
何と言ってもおばちゃん達とのコミュニケーションが面白い。そんな中、ふと気付いたことがあった。
おばちゃん達は5万ドン札もしくは2万ドン札を欲しがる。そして受け取ったお札は必ず日にかざす。
ちゃんと透かし彫りがあるか見ているのだ。偽札でないかどうか確認をしている。 それは、誰かが彼らを騙した、
誰かに掴まされたことがあるって言うことだね。 小さい額のお金には透かし彫りがないので確認が出来ないのだ。
少数民族は悲しいことにベトナムの中で差別されている。 日本では差別の構造はとても解りづらく、
見えづらくなっているのに対して、ベトナムではあからさまに目の当たりにする事がある。
一枚一枚お札を確認する、と言う行為に、信頼関係の成り立ちは難しいということが明白に解った。
街で果物を買いに行った時も、そんな事があった。
私たちが自由に果物を触って選んでいるのに、モン族のおばちゃんが同じように触れようとすると、
さっきまで優しかった八百屋のおばちゃんがえらい勢いで叱ったのだ。
「いくらなのか、教えて欲しい」と言っているのに怒ってばかりで話も聞かない。
身の置き所が無くなって、どうしたら良いのか解らなくなったモンのおばちゃんは外国人の私に
「バオニュウ?(いくらなの?)」と聞く始末。 ハンちゃんが丁寧に答えていたけれど
、結局そのお店ではけんもほろろ、売ってくれなかった。
どういう理由で彼らが差別されているのか、解る?とハンちゃんに聞くと、「貧しくて、汚いから」という。
でも、差別というのは、それに引き替えるほどの理由らしい理由なんかないものなのだ。

この日の夜はみんなでチャー(お粥)の美味しいお店で晩ご飯を食べた。
澄んだ空気、信じられないくらい暗い夜道。 赤い月明かりを頼りに歩いて帰った。夜空には銀河が流れている。
ここでは織り姫と彦星がいつも会っているんだね、ハンちゃん。 さすがラブマーケット。
帰ってからずっとハンちゃんの「差別って何だろう」「私はなんでみんなから子供だと言われるんだろう」
という質問に始まり、あげく「お化けが恐いから一緒に寝てくれ」に至るまで、夜は長かった。
この日の月の色が赤いのは、山の天候によるものかと思っていたら、なんと月蝕だった。
ミルキーウェイをバックに欠けていく月を見ながら、ハンちゃんが眠るまで質問に答えていた。




7月 17日(月)でかぱいの重さ

 
ああ、また移動。朝5:30起床。
でも誰も何時に出発か教えてくれなかった。きっとトレッキングに参加した人たちは知ってるんじゃ。
勘で5:30。
ここへ来る途中さんざん吐き気に苦しまされたハンちゃんは、もう、ちょっとバスが恐い。
よわない秘訣は、ズバリ寝てしまう。これしかない。少し食べておきなさい、胃薬を飲んでおきなさい、
すぐに眠りなさい、何を言っても、食べられない、飲みたくない、眠れない、のハンちゃん。
バスに乗り込むと「目をつぶれ、すぐ眠れ」と私がしつこく言うので目をつぶってじっとしていた。
そのうちになんとか眠ったようだった。しかし、このまま12時間眠れればいいが、そうそう眠れるモンじゃないし、
私も抱いて寝かして12時間はさすがにしんどい。 私側の椅子には補助席が付いていた。次の休憩の後、
これを広げてハンちゃんを横にさせよう。 しかし、後ろはアンラッキーフレンチジェンヌだから(ホントにアンラッキー)
ちょっとやりづらいな。 しばらく行くと、吊り橋が見えてくる。行きも帰りもここを通るのだが、
バスに人を乗せたままでは重量オーバーなのだそうで、全員降りてバスが渡りきった後をついて歩く。 いい天気だ!
ぷらぷら歩いて橋を行くと、アンラッキーの一人が橋の真ん中でげぼしていた。
ざまあみろ。昨日はさんざんハンちゃんのげぼネタで盛り上がりやがって。
それにしても、橋の真ん中からきれいな川へ向かってよくげぼできる。 ’行儀の悪い菌’が
ベトナムに蔓延したらどうするか。やることがいちいち派手なんだよな〜。バスに乗り直して、再度出発。
意を決してすいませんねえ、って感じで補助席を倒すと、フレンチは、足が伸ばせないからイヤっと言いやがった。
言いそうだけど、本当に言うとは・・・。 ちなみにイヤって言った人はげぼしていない方の人。
げぼの方の人はそれどころじゃないからこの話に興味なし。
しかし、具合が悪いって言ってるのにねえ、足延ばしたいっつったって、お前の足が長いのとか
おっぱいが大きいのはお前のせいだから比べて優先出来ないよ、だって具合が悪いんだもん、
それはおかしいよ、日本だけの常識じゃねえよな〜まなちゃんもかにさんもびっくり驚いた。
沖縄サミットはうまくいかないぞ、とか私が言ってて、それじゃあ何の解決にもなんない。
かにさんの席の通路を挟んだ隣、つまり私たちの前の席は、これまたフレンチなのだが人の良いご夫婦で
その人達と私たちが交代して補助席を使ったらどうだ案をかにさんが考えた。 うまく喋れるか、私は躊躇していたが、
ランチ休憩の時にかにさんがさっと話をつけてきてくれたのだ。 わ〜ありがたい・・・。
かにさんも不思議な人で、何処へ行っても、我々が私利私欲のために走り回っている間、
すっかり周囲と仲良くなってしまう力を持っている。 このご夫婦ともよくお話ししてたっけなあ。
フランスはリオンから来たというご夫婦は本当に感じのいい人たちで、バスに乗り込むとさっさと私たちの
荷物まで動かしてくれて、乗り物酔いの薬まで分けてくれた。 フランスにもいろんな人がおるんじゃ。
ハンちゃんはけっして薬を飲まないのだが、素直に受け取ってすぐに飲んだ。
あらやだ私には強がっているのかしら・・・。さ、寝なさい、と補助席を広げようとすると「いい、大丈夫」
と言ってきかない。 むか〜。頭に来た私はめちゃくちゃな英語で「誰のためにみんながいろいろ考えて、
どれだけの人があんたに配慮してくれたと思っているの?あんたは眠れなくても寝るべきです」と
言うような意味のことを言って叱った。 私に速攻頭もお尻も叩かれたので、ハンちゃんはやっと横になった。
薬も効いてハノイ到着までぐっすりと寝込んでくれた。やれやれ。 自分のことで精一杯だった私は、
最後にフランスの良心、リオンのご夫婦にお礼を言いそびれてしまった。 悔やまれてならない・・・。
荷物を担いでもといたホテルまでえっちらおっちら歩いて行った。 元気な坊主達が出迎えてくれる。
明日は一日ハノイに居られる。ちょっとはゆっくりできるかな・・・。




7月 18日(火)for Beautiful Simple Life

 久しぶりに目が自然に覚めるまで放って置けた。
朝ごはんを食べに外へ出ると、活気ある路上市場が広がっている。
ぶつ切りにされた雷魚、さばかれる豚、にわとり、そのとなりに冷たいチェー、暖かいチェー、たくさんの野菜。
人によってはつらい場所なのかな。私は、殺してすぐに食べる、というシンプルで無駄のない
こういう肉の食い方は好きだ。目のあたりにするとどうも・・・という人は多いだろうけど、どうせ食うんじゃん。
買い付けに行く前にタイバンク(何故か)で換金し、市場に向かった。
しかし、全然盛りあがっておらず、同じ方向に行くからと同行したまなちゃん、かにさんとともに、即休憩に入った。
ダメだなあ。かにさんはこっちに来て以来アオヤオ(ヨーグルト)に凝ってしまい、
入るお店では必ずと言っていいほど注文していた。ちなみにハノイではアオヤオとは呼ばないらしい。
ついにわかんなかった。
外国人向けなのか、ホアンキム湖のほとりのこぎれいなカフェでシントーを飲んだ。
まな・かには好奇心の赴くままケーキを食べたり、ビールを飲んだりくつろいでいた。
くつろぎ始めるとこの貧乏性が顔を出して、座っていられない。
ちょっと二人を置いてハンちゃんと周囲を物色に。しかし、暑くってすぐ戻った。ダメだなあ。
計画を立て直して、判子屋まなちゃんが判子屋に会いに行く企画を実行することにした。
ハノイは判子が有名。木に直接彫り込む物だ。判子屋さんに行ってみるとなんとクローズ!
ショックを隠しきれない一行。なんだか今日は何をやってもダメだなあ。
ハンちゃんが隣のおばさんと何か喋っている。隣のおばさんは判子屋さんに連絡してくれたみたいで、
店の扉が開き始めた。ちいさなお店にぎっしりの判子。
そのなんともおっとりとして、キッチュなデザインのくすぐったい事!夢中で何品かを選んだが、これじゃきりがない!
判子はその場で試し押ししてくれて、不都合を直してくれる。
次回はまなちゃんに道具を持参して貰って、ジョイントライブをしてもらいたいところだ。満足した一行は
ランチ(休憩したり、ランチだったり・・・)ベトナム料理なのだが、限りなく中華料理に近い味のレストラン。
ものすごく混んでいたんだけど、ハンちゃん曰く美味しくて有名なんだって。
酢豚のような炒め物や、空芯菜の炒め等。どれも美味しい。しかし、まなちゃんの様子がおかしい。
しばらくすると吐きに行ってしまった。まだまだ疲れがとれないようだね。
それでは一度ホテルに帰って別行動にしようと言うことで急いで戻り、帰るなやいなやベットに飛び込み
うつらうつらする(ベトナム人の習性)ハンちゃんをたたき起こして、これからが本番、市場へ直行だ!
こっちの市場は活気溢れて人人人、豚豚豚、バイクバイクバイク、わ〜わ〜って言ってるうちに終わった。
使い切った。郵便局に荷物を放り込んで、コーラを買って帰ろう!と思ったら・・・迷った。
ライムを売りに来た少年が、私たちからいらないよって断られたのに、「ついておいで!」と道案内してくれた。
見返りを期待しているのかな?なんてホーチミンだったら思うところで、それもしょうがないか、
なんてついて行ってみる。おりょ、びっくり。ずいぶん遠くまで来てしまったんだ。
たったかたったか急いで、長い道のりを案内してくれたので、バイバイしようとした彼からライムを3っつ買った。
人間見返りを求めないほど良いことがある(3っつでえばるな)今度は大家族で来て畑ごと買ってやるからな〜!

ロビーではかにさんが「徒然草」を読みながらくつろいでいたが、どうやらまなちゃんの調子が良くないらしい。
マッサージをしてあげたいので、なにかクリームのような物は無いかな〜と言うので、
買いそびれたコーラのついでに再度出かけた。しかし・・・ここの辺りでコーラ一本探すのが
こんなに難しいとは思わなかった。ほんとに何処にもなくて、飲み屋で分けて貰ったくらいだ。
クリームはJhonson&Jhonsonなんかが置いてるんだけど。
しみじみコーラは外国人の飲み物なんだなあ。それにしても、かにさんが気が付いたんだけど、
確かに恐るべしだよね。マックですら無いところにも必ず、奴はいる。奴の名はコーク。
やっとやっと手に入れて帰ったら、ホテルにありやがんの。ぬる〜いコーラを飲んで休憩。
ああ、私はハノイ好きだわ〜。まなちゃんの便が緑でもね〜




7月 19日(水)何処を訳してもstill I love you

 
朝ご飯は市場でフォー。帰りに冷たいチェー。
路上市場でいつも若い女の子達がこぞって食べているチェー屋があった。 様子をうかがっていると、
人気の秘訣は豪華なトッピングみたい。ああ、こんな路上のチェー屋でも、31アイスクリーム現象か。
女の子ってばトッピングが好きなのね。私はナタデココと蓮の実、黒ゼリーなどのさっぱりチェーを頼んだ。
まなちゃんは蓮の実と豆を煮込んだあんこ状のもの2種に乾燥ココナッツのトッピング。
混ぜてみるとカスタードクリームみたいになった。 冷たくてめちゃ甘。
まなちゃんは緑の便だが、その真相が明らかになった。
よくよく聞いたら、ろくすっぽ食べないでサクロン飲んでるからじゃない。もう。
かにさんは昨日の朝完全復活宣言をしていた。
なんでも、朝起きてまずうんこする、と体が欲した時は人間もっともベストの体調なのだそうだ。
となると私はかれこれ3日間もベストで生きている。日本にいては考えられないことだ(運動不足なだけかも)
そんなかにさんは、ハノイ溶け込みキャンペーンを実施中だったのだが、その一貫として、
八百屋のばあちゃんに買ったばかりのうちわとばあちゃんのきったねえうちわとを交換して貰ったりしていた。
地元になりきり大作戦なんだって。ホーチミンへ出発の前に、かにさんはそのばあさんにお礼を言いたいと、
ハンちゃんにベトナム語の手ほどきを受けていた。
「’やあ、ばあさん。’ここは呼びかけ風にしてね、やあ、ばあさん、うちわをどうもありがとう・・・うんぬん」
レセプションの男の子達に聞いて貰う「わかんない」かにさんは練習、練習。
「やあ、ばあさん、うちわを・・・」やあ、ばあさん、やあ、ばあさんと言い続ける外人一人。
みんなにOKを貰っていざ、ばあさんの処へ。片手を上げて「やあ、ばあさん・・・」それを写真に撮るまなちゃん。
溶け込みキャンペーンは外人丸出しなのであった。

このホテルのレセプションはいっつも同じビデオクリップを流し続けている。
ベトナムもタイ同様なのか、画面の下にカラオケ用の字幕が流れる。今でも歌えるくらい覚えてしまった。
私が歌うと、男の子達が面白がって何度もその曲を巻き戻してかけてくれた。一同小さく大合唱。
一番小さい坊主がはしゃいでいる。しかし、この一番小さく見える坊主は15才なのだそうだ。
どこから見ても3年生くらい。
歴史の証かも知れないが、ホーチミンでも子供に見える大人が私の知る限りで何人もいる。
みんな自分の子供っぽさを生かしてしたたかに生き抜いているが、年頃がみんな近いことも注目するべき点だ。
この坊主はよく働いていつもにこにこ、本当にかわいかった。そんなファミリーともお別れだ。
そのうちまた来るからね!国内線、国際線共にいつもむかつく空港に向かうのであった。
座席に座って3分寝た、と思ったらホーチミンだった。むかつく空港を出て、タクシーに乗り、
ホーチミンのマイホーム!ファングーラオに到着。 ホテル前のシクロのビンおじさんと「お〜!」っと盛り上がり、
レセプションのトゥアッ君とぶんぶん握手し、ママと抱き合い、清掃ファミリーとご挨拶。 お−マイスイートホーム。
そして、さっそく3000ドンシントーを買いに行った。旨い・・・
のもつかの間、ハンちゃんとオーダーメイドのお客さんに頼まれた生地を探しに。 ぱっと見派手じゃないけど、
近くに行ったら結構派手で、玉虫色。玉虫は赤紫っぽいピンクとグレーに近いブルーの玉虫。 というご注文・・・
これで引き受ける私も凄いよ、とほほ。 歩いて歩いて歩いてみれば、なんと、あるじゃないですか!
これこれこれこれ、と言うとハンちゃんが、たっかいよ〜たっかい。 こっちにしな。と確かに玉虫のシルクを出してきた。
違う、もうこっち見ちゃったらそっち見られない。 高くても良いよ、うちで儲けをカットしてでもこれで作りたい!
ハンちゃんは納得できないまま、私は大満足でホテルへ帰った。 そこからチッキーの社長と晩ご飯。
まなちゃんとかにさんも付いてきた。 オープンテラスで食べていたので、途中いろんな人たちが合流し、
最後には10人近い団体になっていた。 いかを中華醤油と生姜で炒めた物や、ゴイクン、あげたほうのやつ。
そしてカフェ・スアダー。 最初は恐かったホーチミンも今や都なり。明日はいよいよダーが登場。





7月 20日(木)「そんなこと、もう忘れちゃえよ」

 
今日は朝から市場周り。サンダルのサンプルや、キッチュ物の開発に繰り出す。
ダーの到着が15:15なので、それまでにさらっと終わらせたい。
タイで作らせたストラップは手元に来てみれば完全な物じゃなく、(そこまでやれと言ったのに)
どう考えても自分たちで完成までこぎ着けなければならなそうだった。 覚悟で心と道具の準備は出来ていたけど。
それにしても何回飛行機に乗ってんだこのストラップ。 金かかりすぎ。

市場を一通り見て回っている間、なんだかまたまたハンちゃんの様子がおかしい。
「寒気がする」と言うので急遽タクシーで彼女の家まで戻った。ハンちゃん臨時休暇である
。 仕方なく、私もそのままホテルへ戻った。かにさんとまなちゃんが部屋でくつろいでいたので、
一緒にお昼を摂り、そんなこんなで、あららもうお迎えの時間。 タクシーの運転手と盛りあがりながら一路空港へ。
相変わらず意味もなく人が多くてむかつくな〜。 ふと、モニターを見るとなんともう飛行機は到着しているではないか。
早く着いちゃうなんてこともあるのかベトナム航空。 こりゃ大変。どこかに泣いている子はいないかや〜。
程なく出口から見慣れた顔が、さぞへこんでいるだろうと思いきや、機内で同胞を見つけたらしく一緒にのんきに現れた。
さて、ここからが問題だ。ハンちゃんがいればぼられることはないけど、今の私はただの旅行者。
タクシーの運転手が話しかけてくる。ベトナムの場合、このエアポートタクシーが一番やっかい。
エアポートタクシーなのに!運転手は7ドルと言ってくる。バカ言え、メーターで行けと我々が言う。
車に乗り込んでもメーターを入れないので、メーターメーターと言うと、壊れてんだ、5ドルと言う。 我々は降りる。
追いかけてくる。タクシー会社のおっさんがそれを見て、どうしたどうした、お前なんでメーターで行かないんだ、
お嬢さん、失礼があったら、番号控えて通報してくださいよ、でやっと走り出した。 車内ではこれまでの話しや、
ダー初の一人旅の話しで盛りあがっていて、しばらく気が付かなかったが、メーターの上がりが早い。
・・・は、早すぎる!止めろ!と言ったときはもう60000ドン。ひえ〜。
文句を言うのも面倒だったので、払って降りてしまった。次のタクシーを待っていると、
向こうからバイクタクシーの男の子が笑顔でやってきた。 手振りで15とやっている。二人で15?一人15?
すると二人で15だよ〜と言う。 もう暑くて立っているのも辛かったから、3ケツで目的地まで行って貰った。
ああ、今思い出しても悔やまれる。わたしはうっかり、うっかりにしちゃうっかりすぎ。
桁を間違えて渡しちゃって、あ、間違えたそれ戻して、と言うより先にお金はポケットへ。 150000も渡しちゃってんの。
私は20000を出して今ポケットに入った3枚と取り替えて、と言うとなんだかさ〜寂しそうな顔して何のこと?って
感じなのさ〜彼は50000一枚返してきて、また私はバカだから20000渡しちゃってんの。
何?なに?あれっていってる間に人だかりが・・・ええええいっもういいよっあたしがバカだったんだから!きーっ
「何日ここに居るんだよ〜」ってダーにも怒られた。 こう言うときは日本円にして考えて、自分を丸め込むのだが、
それにしても法外な。素人丸出し。自信総崩れ。 いいんだけどさ〜別に。
それからは晩ご飯までひたすらストラップを作り続けた。うつむいて。
晩ご飯は、これまた偶然まなちゃんのお友達だったNetショップの方とご飯だ。
当然私は以前からそのショップは知っていた。まなちゃんとはフリマ友達なんだそうだ。
まなちゃんはアナログだからホントにホントの偶然。私とまなちゃんにはこう言うことが多い。
私はフリマで彼女がとても面白い仕事をしているので声をかけたので、知人の紹介でも何でもないのだが、
彼女の友達の話を聞いてると、あれ?って思うことが多く、よくよく聞くと私の大学の同期だったりするのだ。
これも縁よのう。晩ご飯はインドカレーで、小さくて静かなお店なのに盛りあがってしまい、失礼した。
彼女はもうこちらに仕事を見つけて住みついてしまっている。バイクにも乗っちゃってる。
日本ではペーパーだったらしくて、さすがに運転しながらケツが残っていた。 しかしこのベトナムで乗りこなすとは!
ホテルに戻って私はまたストラップづくり。 ダーは程なくリタイヤでグーグー。
まなちゃんが何枚か手伝ってくれたが、明日メコンデルタに行くのでとやはり切り上げて帰った。
私はうつむいて今日の反省と、カレーのゲップを繰り返しながら、しかし集中してストラップに魂を込めるのであった。






7月 21日(金)ちゅーるちゅるちゅるby 榊原郁恵

 
ハンちゃん復活。良かった。
かにさん達は朝も早うからメコンデルタツアー、史上最悪のランチを食べに出かけたらしい。
しつこいですが、メコンデルタは1日で充分。

私は昨晩ストラップを遅くまで作っていたおかげで、眠い。 目をこすりながらサンダルを製作しに向かったのであった。
新しい種類の下駄も出来上がっていて、一組ずつ合わせていく。 おおよその組分けを終えて、後はお任せ。
他のキッチュ物を探して歩く。暑い・・・。
あんまり良い物が見つからない。こう言うときは焦らずに、疲れ切らないうちにやめる。
サンダルに戻るとまだまだ時間がかかりそう。ストラップの至らない部分は職人さん達がうまいことやり直してくれ、
とても良い物が出来上がりそうな雰囲気。 片目に作り込みを見ながら、子供用と、秋向けの履き物のサンプルも物色。
その間、日本から来た他のバイヤーにもすれ違う。コピーされないように背中で隠したりして。
1足、1足履いてみて、具合の悪いところを直して貰う。今度は移動に耐えられるように袋詰め。
いつもならここでなんとか抱えて歩くのだが、ダーが来てくれたおかげで女二人は重たい思いをしなくてすんでいる。
ありがた〜い。重たい思いをしているダーはお腹がすいちゃった。
おお、気が付けばもうお昼をとっくに回ってしまっているのだった。宿の近くでお昼をとり、サンダルをもう1回検品。
何回検品しても不思議なことに訳有り品は日本で発見されるんだよな〜。少々休んでから、今度は街へ。
エクスチェンジの仕方も、ひとつに頼っていては今後どんな目に遭うか解らないので、
今回はいろいろやってみることにしている。 トラベラーズチェックしかり、シティバンクしかり。
今日はシティバンクへ行ってベトナムでの引き出し方をお勉強。
ベトナムではキャッシュディスペンサーの中にお金が入っていない。 カードを入れて必要な選択を終えると、
ちょっと間があってから、レシートが出てくる。 これを持って窓口へ行くとお金に換えてくれる。
ドル表示のレシートだけど、ドンにしか換えられないので注意なのだ。 その足で馴染みの卸元さんを周る。
今日中に終わらせるべき買い物はとっとと終了。作り込みのアオタオも回収。
しまったダメだししたサンプルを持ってくるの忘れた。また明日来なくっちゃ。
一度荷物をホテルに置きに行き、今度は新規開拓。 大きな漆の工場を持つお店とも打合せが進んで、
これから面白い企画も出来そう。 このお店には日本に出回っている雑貨類は何でも揃っている。
お店の方のご好意で、うちは個人的にルートにして貰えたから卸値は他店ともそう変わらないのだけれど、
本当はとっても高いお店。 クオリティーの高さを考えて、ここでならカゴ類も買えるのではと思い物色してみた。
でもダメだった。 ちゅるちゅる虫が・・・。
日本のみなさん要注意。うちはオリジナルを冬に入れた分と清潔な場所で少量のみ買った分しかないんで大丈夫。
でも今、日本に出回っているカゴ類には虫や卵が付いていて、この湿気た季節の日本で元気に孵化しちゃったり
しているのだ。 どこのお店も苦労をしているが、たいがい、はたいて売っちゃっているう。い草の間を5mmほどの
茶色い尺取り虫風のちゅるちゅる虫がわらわらと逃げたり隠れたりして。 きゃー。と言うことで
今回もカゴは他店で買った2個しか持って帰っていない。すいません。 いくら虫好きの私でも買えん!きゃー。
手持ちがなかったので、ここではカードを使ってみた。
日も暮れて、カフェで一休み。ドンコイでも行って目の保養をしておくか。 と、思ったらばたばたとクローズタイム。
開いているお店でダーはシルクのネクタイを購入ほくほく。 わたしとハンちゃんはパンツをコピーメモメモ。
帰り際にふと見ると、良く立ち寄るサンダル屋さんが移動したらしく目の前にあるではないか。
「よおー」と入ったは良いがお金がないので、注文だけしておく。
ここはビーズバックの新作や、質のいい刺繍物をいつも良心的な値段で分けてくれる。
くたくたになってホテルへ帰ると「メコンデルタの人とご飯食べてきます」とかにさんのメモ。
場所に慣れればすぐに仲間を作るかにさんマジックだ。それならと、3人でいつものビンザンで夕食。
ニガウリのスープ、卵と豚の角煮、鳥の照り焼き。その後ハンちゃんと別れてから、漆屋や雑貨屋を回って歩く。
ダーには収穫があった模様。?





7月 22日(土)そろそろ曖昧

 いろんな作り込みを回収する日。ここでダメだしだ。
オーダーメイドのアオザイの一部ゴムがなんと一部どころか半分ゴムで出来上がってきた。 ちょーいおーい。
厳しく作り直し。だって脇から見える三角チラリズムが台無しじゃない。意味無いじゃん!
アオタオのサンプルも中華ボタン留めの所を上から縫いつけちゃって・・・これもやり直し!
ああ、どうしてこういう信じられないことが起こるんだよ・・・。
気を取り直して、お取り置きのバックやサンダル、雑貨類を取りに行く。
ホーチミンの物価は上がる一方で、まとめて払うとしみじみ、うちは大丈夫なのかと不安になる。

今日は夜、ベトナム駐在の友人と食事の約束があったので迅速な行動であった。
何を隠そう、ハンちゃんはこの日本人の友人のことが大好きで、朝から張り切りまくりなのだ。
最後の得意先を回って、宿に着いたとき、私はシントーが飲みたかったのだが、そんな時間あるもんかと
怒られてしまった。さて、晩餐はやぎのおっぱい。かにさんやまなちゃんも一緒に食べに来てくれた。
ベトナム語しか書いてないし、ベトナム人しかいない、ディープな店内は活気に満ちあふれて、
隣の人としか喋れないくらいの賑やかぶり。
全員日本人の一行の中、ハンちゃんはまたまた張り切ってやぎのおっぱいを焼きまくり、食べるいとまもない。
やわらか〜いの。やぎのおっぱい。考えてみたらやぎって捨てるところがない。 脳味噌も食べるし。
(ちんこも食べるし、と駐在の友人は言ったが私には言えない) やぎ焼き肉の後はやぎ鍋になり、
最後は麺を入れ、スープも余すところなくいただく。 ああ、やぎ様々。困るのはトイレで・・・。
やはりそれなりに汚いだろうな、と予想されるその場所では誰もトイレに立たなかった。
一行解散の後、タクシーの中でまなちゃんは耐え難く催し、揺らさないでのエマージェンシー状態。
一行真面目に焦れば焦るほど、何を言っても可笑しくなってきて、笑わせないで、笑わせないで、
と叫ぶまなちゃんがまた可笑しくて、修学旅行状態になる。 宿の入り口に付いたときは、もう部屋まで間に合わず、
レセプションのトイレを借りていた。まなちゃんを無事トイレに誘導した私とダーとハンちゃんは、
ランプシェードのお店へちらっと寄る。この辺りは観光客が多く、ハンちゃんが交渉する方がこじれてしまうことが多い。
ハンちゃんがもじもじしたり、腕を引っ張ったりするので、なんだこいつ、と思っていたらそういう事らしい。
お店の人がベトナム人の介入に難色を示すのだ。OK我々だけで大丈夫だからお帰り、とここでハンちゃんを帰した。
買い物を済ませ、用を済ませたまなちゃん達と飲み直し、がしかし熱気から冷めたのか全員ぱっとしないので、
そうそうにご帰宅。いよいよ明日は帰国!やった〜!
でも出発は夜中だから日中は必死で残された仕事をかたづけにゃならん。
ま、明日は明日の風が吹くや





 7月 23日(日)旅は道連れ世はどうよ!

とりあえず、今日持ち出す荷物を梱包しなければならない。
朝からダンボール集めと梱包、買い忘れがないか確認。 劣化を少しでも遅らせるため、
珈琲やお茶はいつも最終日に購入する。
今日は日曜日で、珈琲をお願いしているお店は休みかと一瞬ひやりとしたが、大丈夫だった。
何も考えていなかったのだが隔週の日曜日だったらしい。ちょっとラッキー。
ハンちゃんは今日お友達と会う約束があるので、5時で業務をお終いにする。
その前にダーは買い物がしたいとハンちゃんと出かけていった。私は残りの書類作り。
結局そんなこんなであっという間にお別れの時間だ。戻ってきたハンちゃんは、明日またね!って
感じで帰っていった。 前回は一生の別れみたいだったのに。二人はぽつねんと残されて、しばらくぼーっとしたが、
荷物を下階へ運び出すことにした。 かにさんとまなちゃんが現れて、一緒に晩ご飯を食べましょうと言うことになり、
聞けば他にもたくさん日本人が来る模様。 お迎えに来てくれた子達は、旅行途中のバックパッカーだ。
「地球の歩き方」のメニュー表が必要だというので、私が持ち出した。
大きめのビンザンに座ると、そのメニュー表を使ってどんどんとオーダーしていく。
「この前のアレはうまかったですよね」とかにさんに話しているところをみると、
以前にもここでかにさん達と食事をしているようだ。 人が忙しい間にずいぶん楽しそうなことしてるじゃねえか。
その光景を見て、「こんにちは」やあ、座れ座れで、また一人日本人の男の子が席に入ってきた。
この短期間でなんというネットワーク!後から入ってきたこの青年U君は、なんと18歳。
落ち着いていて、しっかりしている。何と言ってもかわいい。
大学へ進学する前にもっと違う世界をいっぱい見ておきたくて、進学せずに旅立ったという。
メニュー表を巧みに使って、オーダーを取ったり切り盛りしてくれているのは、M君。
大手レンタルビデオ店で働いていたが、長い旅に出たくなって退社、26歳だったかな?
それから女の子でJちゃん。会社からお休みを貰って、一人でベトナムを回っている。
ビヤホイを飲みながら大いに盛りあがる。自分が初めて旅に出たときの事を思い出す。
学校から大きな世界に初めて出てきた18歳と、社会に揉まれてそれから旅立った26歳では、
お互いに見える物が違うのだろうな。 どちらが良いとかではなく。私もM君の年に初めての旅に出た。
働いてから旅に出たことはとても良いことだったと思っている。 18歳ではどんな世界が見えるのだろう。
なんだかとても素敵だなあ。社会に出た後、また旅に出て欲しい。
そうやって世界に足を踏み入れることは、誰でも出来る。大学受験よりも簡単に出来て、
でもそこで何かを知ることは大学受験より難しい事なのかも知れない。 知っているようで知らない事。 まずは孤独だ。
それから、主張すること、我慢すること、許すこと、歩くこと。 いろいろな人と出会って、優しい人になりますように。
また、まなちゃんが泣き出した。 今度は帰りたくないと言う。
彼らに必要なくなった薬や蚊取り線香、トイレットペーパーなどを譲って、スコールの中見送られ我々は空港に。
元気でバイバイをした。がんばれみんな!

空港に着くとまたしても意味のない人だかりで前に進めない。
キャスターを取りに空港に入り、2っつゴロゴロしながらタクシーの脇へ、行きたい、行きたいけど進まない。
ひえ〜やっとこさ、ダンボールのヨコへ。そこへ約80kgの荷物を乗せる。
もう1回空港の中へ「シンローイ!シンローイ!」と声をかけて進、全然進まない。
狭い入り口の周りには入る気があるのか無いのかベトナム人でいっぱいなのだ。
両サイドから他のキャスターも近づいてくる。急に流れて、私はキャスターとキャスターの間に足を挟んだ。
ぎゃーという声もむなしく。ホントに少しずつ前進し、ポッと空港にはいるとがらーんとしている。
ああ、もう疲れるったら。チェックインするためにカウンターへ行くと、一人は連番席に座れないと言う。
立って行けと言われれば怒るけど、満席ならば仕方がない。「 OK」と言おうとすると、エライ剣幕で日本人が会話に入ってきた。私たちの前に並んでいた2人連れの夫婦だ。
前に並んだ自分たちに並び席が無いのに、どうして後から来た私たちにあてがえるのかと怒っている。
その物言いたるやすっごい横暴だ。 しかし英語うまいなあ、なんてやりとりを聞いていると、
カウンターの担当がたまりかねたように目を見開き、ああ、言ってしまった「シャラップ!!」
つづく・・・





7月 23日(日)おお、こわ

 
シャラップ・・・言ってはいけない言葉だけれど、気持ち的には解る気がするって位、
その日本人の夫婦はあさましかった。
しかし、こういう人だからこそ、敵に回したら面倒くさいんだ。
「言ったな!シャラップと言ったな、おい、わかった、責任者を出せ!社長を呼んでこい!」
呼ばなくちゃいけない人はプレジデントにまで及んだ。 我々は、我々はどうしたらよいのやら、
「申し訳有りません、お客様・・・」と3人並びの席を2人並びにしても良いか、と尋ねてきた。
ここは火が収まることを何よりも望んでしまうところが僕らも一般的日本在住者だよな。
(怒ってるおばあ達は違うって事?同じではないな)ラッキーだったのはこの騒ぎで
我々に対する関心度がものすごく下がった事。 80kgと思っていた荷物は、計ってみたら90kgを超えていた。
しかし、荷物はずるずるとベルトコンベアーに乗って流れていったのでした。
そのうちに、エライと思われる人たちが集りだした。それを後目に、そそくさと我々は先を急いだのだった。
ま、しかし、急いだってここはベトナム。ベトナム空港のいろはのイだけどさ、早く行ったって何にもすることないんだよ。
2時間前には来るように、ってのは国際空港の基本だけど、その通りやってると持て余して疲れちゃう。
荷物が多いから1時間30分前までに入ろうと思ってたけど、死ぬほどお土産買った一般の人でも
乗れる人数自体が少ないから、適当でいいのさ。 なのにもう隣り合わせの席がないって事は、
ほとんどの人がチャックインしちゃってるって事じゃない。 イミグレを通ったら驚いたさ。日本人がいっぱい!
いや〜まじめだ。日本人。
ベトナム最後の珈琲を飲みながら(って言ってももうアメリカ臭いやつだけど)さっきの事件について話し合っていた。
と、言うことは誰かがあの人たちの隣なんじゃない?だって譲った席ってわずか残席でしょ。
ダーと私は隣り合わせの席をかにさんとまなちゃんに譲ったんだけど、かにさん達が隣ってせんは濃いね。
なんだかんだ言いながら、隣に来たら「いや〜ベトナム人は失礼ですね!」なんて迎合しちゃったりして。
まなちゃんが聞いてたらしいんだけど、チーフみたいな女の人が「馬鹿ねえ、あんた謝っちゃえばいいのよ、
めんどうなんだから」なんて言ってたらしい。 正しい。
カフェを出て、デューティーフリーに行ったら、やったらご機嫌で、高らかに笑いながら買い物してる奴が居る。
あ、さっきのおばあとおじいだ。 何で機嫌がいいんだろう・・・さてはビジネスを用意させたな!
案の定、エコノミーに彼らの姿はなかった。 世の中怒った者勝ち?!




7月 24日(月)日本食最高!愛国心炸裂!

 
関空経由はいいんだけど、このトランジット時間の短さは大問題だ。
私たちは関空で入国審査を受けるために荷物も1回自分たちで引き上げ、税関を通過しなければならない。
世の中全員バックパッカーじゃあるまいし、ツアー旅行者だってお土産いっぱい買ってるし、
あちこちから乗り込み人数が増えてくるんだよ。 この短い時間に入国審査受けて、通関して、
自力で荷物を運んでいっぱい人が並んでる国内線に乗らなくちゃならないなんて。
ベトナムでの待ち時間をここにあてたいよ。案の定、国内線にチェックインしようとたどり着いたのが10分前!
慌てて機内持ち込み荷物をX線検査に通していると、発見、箱が壊れてる。
ベトナムのダンボールってば本当に弱虫なのよ! JALと書いたビニールテープで係員が補修してくれるのを
待っている時間はない。 後はよろしく!さあ、走れ!!ほんとに空港ってとこはいつでも走る運命になってるんだ。
機内に入ると、おおかたの人は揃っていたものの、やはりお年寄りは遅れをとっていた。
けっこう乗り残しがあるらしいこの関空。要注意である。 あっという間に羽田。
荷物を宅配業者に渡して、都営浅草線に乗り込む。 全員少し壊れている。
かにさんはその足で仕事に出かけ、まなちゃんは自宅へ。 我々はさらに電車を乗り継ぎ南行へ。腹が減った。
ものすごーく疲れているのに腹は減る。
中卯で親子丼とそばのセットを食べた。普段小食の私が全部食べて自分でびっくり。
やっと家に着いたら、ダーは仕事に出ていった。あーかわいそう。
私は寝よう寝ようと思うと電話がかかって来て、結局眠れずじまい。明日からは平常通り、営業です。
◆まとめ◆
●かにさんの予想を裏切って、モン族は腰みのを付けていなかった。
●かにさんは、モン族をフン族、ハンちゃんをフンさんと呼ぶ、フン好きだった。
●まなちゃんが、無くしたと思っていたみそ汁や梅干しはかにさんの家にあった。
●ダーの日本語による冗談はハンちゃんに通じない。
●もうしばらく何処にも行きたくない(ハワイとかなら行っても良い)
お疲れサンでした。



もうけっこう
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